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「主役は豪華な管楽器」 (芸劇ブランチコンサート) [コンサート]

東京・池袋の東京芸術劇場コンサートホールでのブランチコンサート。

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ウィークデーのマチネ、1時間きっかりで正午に終わるカジュアルなコンサートですが、再び隣席をひとつ空ける自粛ムードに戻ってしまいました。おそらく追加のチケット販売を取りやめたのでしょう。

席は、1階の最後列。後壁が迫るこの席は初めてでしたが、図らずもこのホールの響きのバラエティを体感することに。このホールは、1階最後列であっても2階席のヒサシの下になりません。後壁の効果もあって音がよく回り込む。そういう響きが、この日の木管アンサンブルにはとてもよく合っていました。

最初は、シューマンの「3つのロマンス」。

オーボエが原曲ですが、ヴァイオリンを始め、フルートなど他の楽器でもよく演奏されます。それでもフレンチホルンというのは初めてです。さすがに冒頭の入り鼻など完璧とはいきませんでしたが、N響の若き首席福川さんの安定した豊穣な演奏に聴き惚れました。

このひとの登場は、後に続いた読響の日橋さんとともに、ほんとうに日本のオケの歴史を変えたと言っても過言ではないでしょう。ホルンが落ちる、聴いていてもハラハラするというのが日本のオケでは避けられませんでした。このシューマンだって、ホルンで吹くということ自体、曲芸の世界だったのですが、まるでホルンのために作曲されたかのように聴かせてくれます。

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続いては、やはり、今年の春に首席に就任したばかりの吉村裕実さんのオーボエです。長いことN響の顔のひとりだった茂木大輔さんが定年で退団されて、その入れ替わりのようにして首席に就任。ついこの間まで兵庫芸術管で吹いていた若手です。さすがにこの日は少し堅くなっておられたかもしれません。音色は、透明感のある明るい魅力がありますが、ちょっと細身でお茶目で皮肉っぽいプーランクらしい洒落っ気は今ひとつ。ファゴットの水谷上総さんは紀尾井ホール管の常連でいつもお見かけしますが、さすがの落ち着いたベテランの味。

司会の清水和音さんのお話しでは、木管奏者というのはもの静かで口数が少ないのだとか。だれもインタビュースピーチには応じてくれないということで、もっぱらホルンの福川さんがお相手。楽屋で出番を待つ皆さんをネタにその無口ぶりをイジっていましたが、皆さんは楽屋口でどんなお顔をしていたのでしょう。

最後はベートーヴェンの五重奏曲。

モーツァルトの五重奏曲とよくカップリングされる曲ですが、実演を聴くのは初めてです。いかにもモーツァルト賛ともいうべきウィーンの典雅な雰囲気がいっぱい。そのハーモニー感には、ベートーヴェンらしい野心などはみじんも感じられず、よき時代のウィーンの包み込むような優雅なハーモニーがとても心地よかった。クラリネットの伊藤圭さんは、格別に無口らしく目立たない存在ですが、この演奏ではじつに柔らかい透明感でもってアンサンブルの音色をリードしていました。

さすが、日本の最名門オーケストラの首席奏者たちです。音色もよく融け合い、しかも、若々しくフレッシュでした。


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芸劇ブランチコンサート
清水和音の名曲ラウンジ
第27回「主役は豪華な管楽器」
2020年12月23日(水) 11:00~
東京・池袋 東京芸術劇場コンサートホール
(1階S列15番)

シューマン:3つのロマンス op.94より 第2曲
 ホルン:福川伸陽
 ピアノ:清水和音

プーランク:ピアノ、オーボエ、ファゴットのための三重奏曲
 オーボエ:吉村結実
 ファゴット:水谷上総
 ピアノ:清水和音
 
ベートーヴェン:ピアノと管楽のための五重奏曲 op.16
オーボエ:吉村結実
クラリネット:伊藤圭
ホルン:福川伸陽
ファゴット:水谷上総
ピアノ:清水和音





以下は、蛇足です。

聴いている音は、かなりが間接音であって直接音は意外に少ない。ホールなどでも壁の反射や残響という間接音が、よい響きの条件となります。この日は、最後列の席でいつもとは違う響きを感じたのもそういうことです。

特にホルンは楽器の構えが横向きで、朝顔のラッパを聴衆に対して横うしろの方向に向けていますから、独特の音の拡がりがあります。そのことで音がやわらかくまろやかで、他の楽器とよく融け合い、どこからともなく聴こえてきます。

ホールと座る席の違いによって音の色彩や触感もずいぶんと変化し、時にはとんでもない方向から聞こえてくることもあります。シカゴ響を、その本拠地オーケストラ・ホールの最前列で聴いた時、チャイコフスキー4番の冒頭のホルン4本のトゥッティが頭上の半円天井から降るように聞こえたときには驚喜感動しました。それほどに実際のサウンドは間接音の効果が大きいのです。

SR(PA)などの音響工学では、直間接臨界距離という指数があります。音源の直接音がどこまで届くのかの目安となる数字です。その限界距離とは、すなわち直接音と間接音が同一の音圧になる距離のこと。つまり、直間接比率が50%ということになります。距離が離れていくと直接音は届きにくくなり、間接音がどんどん入り込んで来る。そしてある程度以上離れたとき、音源そのものの音の聴感上のリアリティが失われてしまう限界点に達する。この距離以上では音源の音を聞いているというよりは残響音を聞いているに過ぎないということになってしまう。SRの世界では直間接比率が50%というのがそのひとつの目安になるというわけです。そこが臨界点で、野外などでは10mぐらいが実用的な距離となってしまうことも。オーディオの場合は、50/50よりはるかに直接音の比率が多く、間接音の比率のほうが多いなどということはさすがにないと思います。

では、良い音というのが、どの程度の直接音比率なのかというのは、とても難しい。音楽家の考えもあるし、聴衆の好みもある。大ホールのなかでまんべんなく同じ比率で音が届くということもあり得ないし、各楽器(各スピーカーユニット)の指向性によっても大きく違う。内壁などの吸音も周波数によって違ってくるから一概に平均値で言うわけにもいきません。

早いパッセージでは残響などの間接音は邪魔になり、一方、ゆったりとした音楽や音の切れ目では長い残響が心地よい。実際に、トップレベルの演奏家はホールの残響特性によって同じ曲でもテンポの取り方を変えています。オーディオの世界では、リスナーの部屋で加わる間接音を考慮しながら、どの程度、音源そのものに間接音を取り入れるかにエンジニアたちは腐心していることになります。その前提は、モニタールームの試聴位置での直間接比率が基本ですが、想定しているのは平均的な家庭のリビングルームの響きだということだと思います。

この日は、間接音の比率が高い最後列に座ったために、ホルンの響きが心地よく、ベートーヴェンの五重奏曲も典雅な雰囲気が楽しめました。反面、動きが速く細かく、色彩のコントラストや変化が豊かなプーランクではやや精彩を欠くと感じたということになったのかもしれません。

NHKホールのような多目的ホールの最後列では、直接音が限界距離を超えて届きにくく、2階のヒサシの影響で間接音も遮断されてしまい、音が貧しくなってしまいがちです。芸劇コンサートホールでは、この点でとてもよい響きでした。
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