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「風街とデラシネ」(田家 秀樹 著)読了 [読書]

作詞家・松本隆の詩について、その50年について語り尽くす。

評伝というのではない。あくまでも作詞家・松本隆の作詞という業(なりわい)について、その時代と情景、そしてそこで呼吸してきた作詞家の生き様を掘り起こす。それは自然とその50年の音楽業界の青春群像でもあって、彼らが「大人」になってゆくことの物語でもある。そして、松本隆が長期にわたって活躍を続けた偉大な作詞家であることから、それは同時に日本のポップス音楽の50年史ともなっている。

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松本隆の「作詞家」としての始まりは、太田裕美だった。そして、そこからフラッシュバックされたところに、はっぴいえんど「風街ろまん」の伝説がある。それは、日本の歌謡界でのアルバムコンセプトの発祥の地ともなっていて、そして、さらにはロックなどを英語ではなく日本語の詩をのせて歌うという奮闘の始まりともなる。

松本隆と太田裕美のコンビネーションは、フォークミュージックという「こちら側」から歌謡曲(商業音楽)という「あちら側」へと変遷していくことも表象していた。裏切り者とまで言われた吉田拓郎も同走者だし、どこかに挫折や変節の負い目を背負った岡林信康などもいたけれど、ひとつのジャンルとなっていく。それは同世代の若者にとっては「長い髪を切る」「変わっていく私」であり、でも「あの頃の生き方」を忘れたくないという気持ちそのものを代弁していた。

それは「酒場」だとか「港」というような架空の世界で情感を吐き出すものとは違っていて、ありふれた身の回りの日常の延長にあるものであったし、アマチュアからエントリーしてそてスターやアイドルになれる「スター誕生」の飛躍でもあった。ニューミュージックの誕生だ。その最大のアイドルスターが松田聖子だった。

そういうアイドルは、その時々の人気の街や海辺や高原のリゾート、新感覚のファッションやフードスタイルを取り込んだ。そのことは、テレビのドラマ主題歌やコマーシャル音楽とも結びついていく。

ナンバーワンの売れっ子となった松本は、それこそ、分秒に追われながら働きずくめに働き続ける。カリフォルニアやロンドンなど海外録音も夢から現実のものとなり、電話やファックスでスタジオとスタジオをつなぎ、果ては、病床でも詩を書き続ける。そうしたメジャーに生きながら、決して主流に迎合する気もない。松本は休養期間をとったり、その充電期間に学び直した古典教養の世界から、シューベルトの歌曲の和訳詩や日本の伝統芸能、神話の世界にも挑んだりする。

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団塊世代にとっては、こうした松本の50年は自分の50年そのもの。そういう我々にとっては、1964年東京オリンピック以前の幼い自分が駆け回っていた街並みやそれを喫茶店の窓越しからみた幻影こそが「風街」だし、各停の切符で誰に気づかうことなく旅をしたいという願望こそ「デラシネ」なのだ。

けっこう硬派の本で大部だけれど、そこかしこの足元に胸キュンの花が咲いている。いくつもの詞の全文が引用されているのもよい。




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風街とデラシネ
作詞家・松本隆の50年
田家 秀樹 (著)
KADOKAWA


【目次】
第1章 始まりは1969年――エイプリル・フール
第2章 はっぴいえんどのデビュー
第3章 1971年に吹いた風――「風街ろまん」
第4章 はっぴいえんどの解散と転機
第5章 橋を渡る――ミュージックシーンの"こっち側"と"あっち側"
第6章 作詞家・松本隆の始まり――筒美京平と太田裕美
第7章 70年代を代表する1曲「木綿のハンカチーフ」
新8章 コンセプトアルバム――森山良子「日付けのないカレンダー」
新9章 青春の普遍性――岡田奈々と原田真二
新10章 70年代と青春の終わり――吉田拓郎と桑名正博
新11章 怒濤の80年代の幕開け――竹内まりやと大瀧詠一
新12章 男を書ける作家――近藤真彦、南佳孝、寺尾聰、加山雄三
第13章 1981年の出会い、松田聖子
第14章 ちょっと先に石を投げる――20歳の松田聖子に書いた詞
第15章 史上最強の作詞家と歌い手の4年間
第16章 合流地点――大瀧詠一「EACH TIME」と南佳孝「冒険王」
第17章 移りゆく時代に――薬師丸ひろ子「探偵物語」「花図鑑」
第18章 アイドル戦国時代の最終局面――中山美穂と山瀬まみ
第19章 再び、松田聖子と――「瑠璃色の地球」
第20章 活動休止と新たな挑戦――中森明菜、シューベルト、大竹しのぶ
第21章 昭和から平成へ――矢沢永吉と氷室京介
第22章 筒美京平と山下達郎――KinKi Kids「硝子の少年」
第23章 思いがけない物語の始まり――クミコ「AURA」
第24章 2000年代の再評価と次世代への継承――Chappie、藤井隆、中川翔子
第25章 自由な愛の歌として聴き継がれることを――「古事記」と「デラシネ」と「白鳥の歌」
あとがき/参考文献/曲目一覧

タグ:松本隆
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