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「はぐれ鴉」(赤神 諒 著)読了 [読書]

豊後国竹田・岡藩が舞台の歴史時代ミステリー小説。
久々に楽しめる小説に出会った。
城代・山田家の一族郎党24人が、身内に鏖殺(おうさつ)されるという凄惨な場面で幕が開く。ただ一人生き延びた次郎丸は、14年後、素性を隠して藩の剣術指南役として故郷に赴く。その目的はただひとつ、下手人である叔父の玉田巧佐衛門に復讐を果たすこと。
…が、そこで彼が目の当たりにしたのは惨殺者とはほど遠い、藩政の中枢から疎んじられることもいとわず民のために身代を消尽して献身する変わり者“はぐれ鴉”と揶揄される老人だった…。
歴史小説と時代小説、さらにミステリーを掛け合わせたエンターテーメント。謎解きは果てしなく、秘密のうらおもては薄々は予想がつきますが、それでいて最後まで先がわからない。
キーワードは「隠しキリシタン」。
舞台となる竹田は、大分県の南西部、九重(くじゅう)連山や祖母山などに囲まれ阿蘇にも接する深奥の地。岡城といえば何と言っても「荒城の月」。作曲者の滝廉太郎は、幼少期をこの地で過ごした。この天然の要害に築かれた山城は、名城と称えられましたが、明治に廃城となり、石垣のみの城趾は文字通りの《荒城》の風情で、遺構の頂から眺める山谷は絶景。
日露戦争の旅順港封鎖で「杉野はいずこ」と部下を捜索に身を投げ出し戦死し軍神となった広瀬武夫は、竹田の出身としてよく知られる。終戦時に自決した最後の陸軍大将・阿南惟幾もこの地にゆかりがあり、どこか武張った風格のある土地柄という印象があります。
ところが、その竹田では、近年になってキリシタンの痕跡が話題になっています。
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サンチャゴの鐘というのがそのひとつ。あまり知られてきませんでしたが昭和25年に重要文化財に指定されています。神社に伝わってきた鐘で、舌(ぜつ)こそ失われていますが洋風の銅鐘で表面に十字が刻印されていて「HOSPITAL SANTIAGO 1612」との銘文が刻まれている。サンチャゴ病院とは長崎にあったミゼリコルディア(慈善院)附属の病院のこと。キリシタンの遺物がなぜ岡藩に持ち込まれたのは、その経緯は諸説あるものの今もって謎だそうです。
確かに、豊後国はキリシタン大名・大友宗麟が支配した土地。しかし、秀吉によって大友の家系はこの地を追われ、播磨国から中川秀成が移封され、関ヶ原で東軍に与したこともあって、以後、中川家がこの地を徳川幕府から安堵されて支配し続けました。それだけにキリシタンの痕跡というのはほとんど見当たらず、観光資源としても話題になることはなかったと思います。
それが、岡藩初代藩主中川秀成の没後400年を記念して行事で、上述のサンチャゴの鐘がイベントのシンボル的存在となったことから、がぜん、キリシタンの歴史が注目されるようになってきたとか。昭和33年に県指定史跡に指定された洞窟の礼拝堂などもそのひとつ。
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名物の姫だるまも、秘めた崇拝の対象のマリア像ではないかと言われだして、ちょっとしたブーム。
とはいえ、この地に〈隠れキリシタン〉という史実はありません。そうなると、キリシタンの洋鐘を伝えてきた竹田あるいは中川家中のキリシタンは大きな謎になってきます。
天正遣欧使節の4人のなかで、ただひとり棄教した千々石ミゲル(棄教後は、千々石清左衛門)の墓所と見なされる場所から木棺と欧州製のロザリオの遺物が発見され、千々石は実は棄教していなかったのではとの新説がにわかに信憑性を帯びてきたということです。
キリシタンは潜伏だけではなく、表向きは棄教したと見せて、強い心をもって禁制の体制側をだまして信仰を隠し続けた人々もいたのではないか…?
それが、この小説のキーワードである「隠しキリシタン」につながっていくわけです。
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竹田には、「日本一の炭酸泉」を自負する長湯温泉があります。炭酸ガス濃度は中位であるものの、湧出量がトップクラス。建築家の藤森照信の設計によるユニークな外観のラムネ温泉館は、町の新しい観光名所。この炭酸ガス温泉が、小説の最後のどんでん返しの舞台になっています。
これ以上のネタバレは、無粋というものかもしれません。
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はぐれ鴉
赤神 諒  (著)
集英社

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