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「現代ロシアの軍事戦略」(小泉 悠 著)読了 [読書]

2月のロシア軍によるウクライナ侵攻で、一躍、脚光を浴びたロシア軍事研究家・小泉悠。以来、著者はTVなどで引っ張りだこ。さすが、「職業的オタク」を自認するだけあって、本書もリアリズムに貫かれている。
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今年2月のウクライナ侵攻開始のほぼ1年前に書かれたが、そのロシア軍あるいはウクライナ軍の行動をほぼその通りに予見している。いま戦闘は膠着状態にあるが、今後の展開を予想するうえでも参考になる。少なくとも、この戦争がずるずると続く「終わらない戦争」であることは、本書を読むと十分に予想できる。
今回のウクライナ侵攻で特に注目されたのは「ハイブリッド戦争」。
ハイブリッド戦争というのは、すなわち「弱者の戦略」だという。
ハイブリッド戦争では、個別の戦闘の勝敗よりも敵と戦い抜く上での支持が国民から得られるかどうかが決定的。重要なのは、「人々の情勢認識を左右するナラティブ(語り)を支配する力、すなわち情報領域での戦いであり、メディアや情報通信技術といった手段でもハイブリッドな様相を呈する」。
言ってみれば、今回のウクライナ紛争は、弱者同士の戦争。弱者同士と言っても火力の面では圧倒的にロシア軍が優位にある。しかし、優位にあるはずのロシア軍もキーウ侵攻を止められ、戦線は膠着した。火力による決定力に欠ける以上、互いに自国民の支持をめぐる情報戦になっている。
そもそもは、2014年のクリミア侵攻に始まる。
13年末の反政府騒乱をアメリカなど西側が肩入れする。それに続く翌14年の親ロ政権崩壊はロシアにとっては耐えがたいものだった。ただちにクリミアに軍事介入をする。このハイブリッド戦略はロシア軍に迅速かつ圧倒的な勝利をもたらした。
しかし、ハイブリッド戦略は、負けない戦争を目指すが勝利もない。14年の侵攻では、かえってウクライナを一気にNATO側に傾けてしまった。ウクライナ東部ドンバス地域で展開した民兵主体の地域紛争戦略も膠着もしくはむしろ劣勢が続いた。ロシアは、再び、火力を強化した正規軍主体の戦略に回帰する。勝敗を最後に決するのはやはり火力を中心とした地上戦力だ。今回の侵攻は、戦略修正後の満を持した行動だったというわけだ。
今回の侵攻は、さらに強化した正規軍の火力でもって一気に首都を制圧するはずだった。しかしそれはあからさまな挫折に帰する。それは14年のクリミア侵攻以来、ウクライナ軍が、西側の支援を受けながら情報戦に対する耐性を高め、ロシア軍のそれに拮抗したからだ。
今回の戦いが、実際のところは14年のクリミアでの失敗に始まり、正規軍の直接衝突にまで発展したものである以上、負けないことを目標としたハイブリッド戦略にとって、ウクライナ側もクリミア奪還までは戦争はやめないだろう。それまで西側の火力供与を含めたあらゆる支援を求め続けるだろう。
本書は、最後にロシアの核使用の可能性についても掘り下げている。
「核」とは、これもまた「弱い」ロシアの大規模戦争戦略そのもの。弱い国は、徹底的に大規模戦争を嫌い、対立を地域紛争化させることに専念する。そのための究極のエスカレーション抑止が「核」だということだ。そこに至る以前の、通常兵器によるエスカレーション抑止にも様々な段階がある。超音速兵器や中距離ミサイルなどだ。
今後の問題は、(NATOが支援する)ウクライナが勝ちすぎると、ロシアがそうした威嚇段階に入る恐れがある。それは、すなわち戦術核行使の一歩手前ということになる。NATOもやり過ぎては危ういということはわかっているはず。しかも、その一線はロシア側の政治的心理状態に依存するので西側にはなかなか見えづらい。
「弱い」ロシアの基本は、戦略縦深ということにある。ソ連崩壊後のロシアは、経済・軍事力の凋落によって敵と対峙する力を失った。そのロシアにとって死活問題となるのは、敵との非接触性の確保ということ。ところがNATOはロシアにあまりにも近づき過ぎた。それがロシアのウクライナ侵攻の動機となっている。だからロシアにとってはウクライナを失うわけにはいかない。
そのようにロシアを追い詰めたのは、米国をはじめとする西側諸国だ。少なくともプーチンはそう考えている。
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現代ロシアの軍事戦略
小泉 悠  (著)
ちくま新書

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