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「満州国グランドホテル」(平山周吉 著)読了 [読書]

時間がかかったが《一気読み》と言ってよい。面白かった。

「グランドホテル」とは、戦前の名画「グランドホテル」で知られる手法。さまざまな人物が、「満州国」という大きなホテルを舞台に出入りして、それぞれの人生模様が同時進行で出会い、言葉を交わし、あるいは、すれ違うというように繰り広げられていく。

小林秀雄を第1回として、36人の人物が登場する。

彼らが行き交う満州国という舞台は、一般によく語られるようなその初めと終わり、すなわち、謀略によって始まる建国とソ連参戦による蹂躙と阿鼻叫喚の崩壊の末期はあえて避けていて、わずか13年の歴史の、その真ん中あたりの相対的安定期に焦点があてられている。

それは石原莞爾らが描いた「五族協和」「王道楽土」の理想が、支那事変によって変質を余儀なくされていく時期でもある。そのことで、ニセモノ、傀儡といった決めつけ一辺倒ではない、もっと重層的な歴史の実相を写し出すことに成功している。

登場人物は、文学者、映画人、ジャーナリストであり、また、舞台の性格上、どうしても軍人と官僚が多くなる。

満州国といえば「二キ三スケ」――東条英機、星野直樹、松岡洋右、岸信介、鮎川義介らが勝手気ままに我が世の春を謳歌したとされるが、本書で章を立てて登場するのは星野と松岡のみ。それも大蔵省派遣組の人脈や、国際聯盟脱退の経緯に焦点があるので、この二人でさえあくまでも間接的な登場に過ぎない。

そういう中では特異な登場人物といえば、宣撫工作を担った民間人であった小澤開作とその妻さくらだろう。

指揮者の小澤征爾の名は、満州事変謀略の主犯である板垣征四郎と石原莞爾からそれぞれ一字をとって名付けられたということはよく知られる。父・開作は、その二人の熱烈な信奉者であり毎日のように会っていた。母・さくらは、命名について何の相談もなく言われるがままに届けたのだそうだ。

やがて、満州国の変質とともに、開作は満州に見切りをつけ一家は北京に引っ越してしまう。北支に場を移してなお日華協調の理想を追おうとした。小澤公館と通称された小澤家には青年志士が集い、さくら夫人は彼らの母でありあこがれのマドンナだった。毎日大勢の人物が出入りして、さくら夫人は目が回るほどの忙しさ。元日一番多い時に数えたら48人もの客が盤踞していたという。

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著者によれば、満州を目指した日本人とは、開拓民であれ、エリート官僚であれ、「日本」をはみ出した人々だったのではないかという。

大杉栄虐殺の甘粕正彦、張作霖爆殺の川本大作など汚名を「勲章」に替えるのは満州の地でしかない。帝人事件の関係者が流れ着いたのが満州国…この疑獄事件の元被告も、担当した検事も、告発したジャーナリストたちが一堂に顔を揃え挫折や恩讐を超えて談笑する。再チャレンジ、前歴ロンダリングは、その大小、軽重を問わず、国籍不要の満州国では当然だった。

それが満州国グランドホテルの光と闇が交錯する浪漫も満ちた壮麗なロビーのざわめきだと言うわけだ。それを徒花と呼ぶのは容易いが、昭和史はもっと見直されて良い。



満州国グランドホテル_1.jpg

満洲国グランドホテル
平山周吉 (著)
芸術新聞社


【登場人物】
「満州の曠野で不覚の涙」小林秀雄/「小林秀雄を呼んだ男」岡田益男/「満州国のゲッペルス」武藤富男/「満州の廊下トンビ」小坂正則/「芥川授賞作家」八木義徳/「直木賞作家」榛葉英治/「殉職警官」笠智衆/「新しき土」原節子/「満蒙放棄論者」石橋湛山/「ダイヤモンド社」石橋賢吉/「大蔵省派遣《平和の義勇軍》リーダー」星野直樹/「満州のグッド・ルーザー」田村敏雄/「獄中十八年」古海忠之/「甘粕の義弟」星子敏雄/「阿片専売」難波経一/「宴会漬けの日々」武部六蔵/「関東軍と大喧嘩した官史」大達茂雄/「満洲事変の謀略者」板垣征四郎/「朝日新聞の関東軍司令官」武内文彬/「満州国に絶望した」衛藤利夫/「国際聯盟脱退」松岡洋右/「焦土外交」内田康哉/「越境将軍」林銑十郎/「満洲経営の事務総長」小磯国昭/「満州の起業家」岩畔豪雄/「童貞将軍」植田謙吉/「事件記者」島田一男/「オッチャン」芥川光蔵/「植民地の大番頭」駒井徳三/「匪賊に襲撃された」矢内原忠雄/「小澤征爾の母」小澤さくら/「新幹線の父」十河信二/「少年大陸浪人」内村剛介/「役人街の少年」木田元/「新京不倫」小暮実千代/「満洲は北海道に似てる」島木健作

タグ:満州
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