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「ヒトラーに傾倒した男――A級戦犯・大島浩の告白」(増田 剛 著)読了 [読書]

駐独全権大使として日独伊三国同盟を主導し、戦後にA級戦犯に問われたが僅差で絞首刑を免れた大島浩。その後、恩赦で釈放されたが、茅ヶ崎に隠遁し表に出ることはなく沈黙を守ったとされていたが、その肉声の証言がカセットテープに残されていた。

この証言が公開されたのがNHKBSで放送された「BS1スペシャル」。本著は番組を提案企画したNHK記者によるもの。私もこの番組の再放送を見て興味を持ち本書を手にした。

大島が口を閉ざし続けたのは、「自分は失敗した人間であると。日本という国を誤った方向に導いた、そういう失敗した人間であるから」という自責の念があるからだという。

「国民に対してすまぬと思っている」「私なんぞは当然絞首刑になるべき人間なんだが、僕なんぞが助かっちゃってね」とも言っている。実際、昭和天皇も「死刑でなきは不思議」(「昭和天皇拝謁記」田島道治)と辛辣だった。確かに、「防共協定」締結や、独ソ不戦条約後に左遷された後にも、「日独伊三国同盟」締結に狂奔し、結果的に日米開戦に導いた責任は重い。

しかし、本書を読むと、いかにも小物感が漂う。

元陸軍大臣の息子として、陸軍で順調に出世する。ドイツびいきの父親に幼少の頃から徹底的にドイツ教育を仕込まれる。陸軍でも情報畑を歩み、大使館付武官を歴任する。そのドイツ語の会話能力は抜きん出ていて、そのドイツの文化・歴史への造詣ぶりはしばしばドイツ人自身以上で、ナチスの成り上がりの貴族趣味をくすぐってその懐中に深く潜り込む。

得てしてこういう語学などの異才で重用されて組織を誤った方向へ導く人物は、古今東西、官民問わずにいるものだ。軍部が次第に政治を壟断し、松岡洋右のような成り上がりのポピュリストが官僚を保守的な抵抗勢力と見なして直情径行に走り喝采を浴びる。ドイツ軍優勢と言いつのる直電情報は、「バスに乗り遅れるな」との風潮を煽り、対英米参戦反対の声を封じ込むことに利用された。

そういう戦前の危うい政治統治の時流に乗っただけの男。歴史の檜舞台の表裏に立つことに舞い上がっていた男。

テープの肉声も、殊勝な口ぶりにもかかわらず、いまだにヒトラーに心酔しきったままであることを隠そうともしていない。ヒトラーとの親密な交流や、外交の舞台である社交界の華やかさを懐かしむ。そういう場でともに活躍した華族出身の夫人とは、集成仲睦まじかったというが、そういうまっとうさがかえって小物感を助長する。

TVでは、割愛省略された情報も多少は補完されている。例えば、長期の総力戦となっった場合の日本敗北必至を説いた「秋丸機関」報告書の存在。あるいは、大島に抵抗したハンガリー公使大久保利隆の手記が伝える「在欧大公使会議」での対決とその後の左遷人事。しかし、文字にしてみると、TVの伝える情報というものがいかに印象過多で実質情報が薄いかという実感がわく。本にするのだったら、もっと深く掘り下げてほしかった。TVと書物では役割が違う。

安倍政権以来の、安易な反官僚的な風潮に乗った、いわゆる《官邸主導》というものに対する警戒心を国民はもっと持っていてよいのではないかというのが、この内容希薄な書物の読後感となった。

ヒトラーに傾倒した男_1.jpg

ヒトラーに傾倒した男
A級戦犯・大島浩の告白
NHKBS1スペシャル取材班 増田 剛 著
論創社

タグ:大島浩
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