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サロンコンサートの終焉 (アートスペース・オー) [コンサート]

10年以上通い続けてきた、町田市の小さなサロンコンサート。その歴史はさらに古くてもう30年以上になります。そのサロンコンサートが今年で最後を迎えます。

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小さなコンサートというのは、他にもあることはあります。けれども、いかにも手作りで、これほど内外のトップ奏者の演奏を親しい距離感で楽しめるというのは、なかなか他に思い当たりません。演奏後のサイン会はほとんど演奏者との立ち話ともなります。思い出深いのは、アキロン・クァルテットのコンサート後の小パーティ。軽い食事を取りながらの交流はまさにサロン。通訳もいたのにずっと手持ち無沙汰。ほとんどの人が、直接、英語で演奏者と談笑していたからです。

ようやくコロナ禍の規制緩和で再開したものの、オーナーの大橋さんが今年を最後として引退したいとのことで、この4回ほどはサンクスコンサートとして、旧来の常連だった演奏家の出演が続きます。

今回はその3回目。

本来は、前橋汀子さんも出演の予定でしたが、体調不良とのことで直前になってキャンセルとなったことはほんとうに残念でした。急遽、代演となったのは小林美恵さん。日本人として初めてロン・テイボー国際コンクールで優勝された実力者。

そして、日本の音楽界の重鎮、チェロの堤剛さん。ピアノは、共演者としてトップアーティストたちから絶大な信頼を得ている津田裕也さん。

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プログラムは、オール・ベートーヴェン。前半は、ヴァイオリンとチェロのそれぞれのソナタ。――やはり素晴らしかったのは最後の「大公トリオ」。

ピアノトリオというのは、こうしたサロンコンサートでの黄金メニューという気がします。それぞれの楽器と演奏者の個性がむき出しになってぶつかり合う。間近なだけに、楽器の音色、演奏者の呼吸や覇気のようなものが直接耳を刺す。特にこのサロンはデッドな音空間なのでそういう露出が時には過度で残酷にさえ感じます。接近しているので、当然に方向感覚や立体感覚が研ぎ澄まされてきますが、それ以上に音や情感のエネルギーが聴き手の身体に直接に作用する。その近接感覚がすごい。

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小林さんの楽器は、ストラディヴァリウス「ナド=クーレンカンプ」(1734年製、所有は昭和音楽大学)。

かつてゲオルク・クーレンカンプが使用したもの。ほかのヴァイオリンに比べて構造が一ミリほど大きく作られているそうで、ナチスに反抗し続けたクーレンカンプの愛器らしい骨太で頑固なところがあるような気がするのは、あながち気のせいではなさそうです。前半ではそういう音の重たさで少し足元がふらつくようなところがありましたが、堤さんとの合奏になってそれが見違えるほどに、艶やかな色気をいっぱいに含んで歌い出しました。

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一方で、堤さんの楽器は、1733年製モンタニャーナ。

こうやって目の前で鳴りわたる響きを聴いてみて、あらためてその剛毅な音色を堪能しました。モンタニャーナもクレモナの制作者でストラディバリの兄弟弟子。この楽器は特にいかり肩で横幅が広い。そのぶん、雄渾で深い音が出る。これがまさに堤剛さんの個性と合一化しています。堤さんは、この楽器をアイザック・スターンさんに紹介してもらってビバリーヒルズのある収集家から手に入れたそうです。この楽器が思うように音を出してくれるようになったのは、入手から3年ほど弾き込んでからのことだったとか。

ご一緒したUNICORNさんとは、ひとしきり弓のことが話題になりました。楽器本体と違って、弓は比較的近代のものが使われます。特に演奏家が求めて入手したがるのは、19世紀のフランス製。この頃、奏法と楽器の近代的改造が進みそれにふさわしい弓が必要になったのです。UNICORNさんによれば、最近はアメリカが優秀な製作者を輩出し、素材はブラジル製の木材が最適なのだとか。

実際、堤さんの弓は、日本人の手になるもの。素材はフェルナンブーコというブラジル原産の木。製作者は、植木繁さんといってドイツやフランスの工房で経験を積んだ楽器製作者。パリ時代はベルギーの名バイオリニスト、グリュミオーから楽器の調整を任されていたほどの名匠だそうで、堤さんのお父さんの代からの縁なのだそうです。大ぶりのモンタニャーナには「強い弓が必要」――そういう重量感のある、まさに、剛弓。堤さんにとって、楽器が分身なら、この弓は右腕。「日本の弓で、しかも新しいものだ」と説明するとみんな驚かれるのだそうです。

こうしたことは、コンサートの後で知ったことですが、ほんとうにことごとく実感します。そういう実感は、サロンコンサートならではの距離感がもたらした貴重な体験だと思うのです。

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津田さんのピアノは、サロン備え付けのヤマハの小さめのコンサートグランド。この楽器でも容赦なく弾かれると小さなサロンでは耳をつんざくような音になります。津田さんは、部屋の音響とアンサンブルとのバランスが見事。こういう室内楽の名手としては、やはりこのサロンで何度か聴いた小菅優さんを思い浮かべます。オーナーの大橋さんによれば「いつもはクールな津田さんが、決して名器とは言えないここのヤマハで熱く燃えた」――まさにそういう演奏でした。

感動的だったのは、まだ顔のほてりが収まらない堤さんのアンコールの紹介スピーチ。「大橋さんのここでのサロンコンサートは、まさに歴史を作った」――そう褒め称えておられました。桐朋学園大学の学長を長く務め、サントリーホール館長でもあり、内外の多くのトップアーティストを育て、迎えてきた堤さんの熱い言葉でした。





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Thanks Concert IV-III
Piano Trio
小林美恵(Vn)、堤 剛(Vc)、津田 裕也(P)

2022年10月9日(土) 16:00
東京・町田 アートスペース・オー

L.V.ベートーヴェン:
 ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 作品24「春」
 チェロ・ソナタ第3番 イ長調 作品69

(アンコール)
 ピアノ三重奏曲 第4番『街の歌』から、第2楽章アダージョ
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