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才能というものの軽さ (河井勇人 ヴァイオリン) [コンサート]

新人の登竜門という「紀尾井 明日への扉」。久しぶりにそれにふさわしい新人の登場でした。

会場は、いつもより格段に若やいだ雰囲気。学生風の男女も多く、楽器ケースを背負った若い人や、親に連れられた音楽教室の生徒さんといったふうの小さなお客さまもたくさん。

肝心の河井勇人さんですが、その名前を聞くのは初めて。最近の「明日への扉」では珍しいことです。それもそのはず、2002年生まれというポストミレニアム世代。まだ、二十歳(はたち)になったばかり。ところが、すでに大学は卒業し、現在は東京芸大大学院在籍中とのこと。ロビーにはふたつも大きな花が飾られていて、期待の大型新人ぶりも発揮しています。

あらためて見てみると、そのキャリアは驚くことばかり。

桐朋学園大学音楽学部附属「子供のための音楽教室」に入学以来、ジュニア時代から数々のコンクールを制覇して、芸大も飛び級入学だったというのです。4年前に第5回<アリオン桐朋音楽賞>を受賞。そのときに弦楽器部門で同時受賞したのが服部百音さん。百音さんの3歳年下でまだ区立の中高一貫校の4年生(高一に相当)でした。芸大には「飛び入学」だったそうで、そんなものがあったのかとまず驚きましたが、二十歳(はたち)で大学院生というのはそういうわけなのです。

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手にしている楽器は、ストラディヴァリウス“Lyall”(1702年製)。

最初のモーツァルトからして、その美音に感心させられます。テクニック面でも非の打ち所がなくて、その美音はオーギュスタン・デュメイのモーツァルトを想起させるものがあります。何しろ、ピアノは清水和音さんという大物。楽器そのものも、いつも聴いている東京芸術劇場のピアノよりも格段に音色が澄んでいて表情が豊か。

ところが…

それなのにどこかとても退屈してしまいます。心地よい美音と完璧なフレージングの優雅さにしばらくは魅入られていますが、次第に同じような所作と意匠の繰り返しに思えてくる。何の屈託もない。それはさながら水槽のなかを優雅に泳ぐ高価な熱帯魚のよう。

そのことは、次のラヴェルのソナタでも同じ。パリのベル・エポックから戦後のジャズ・エイジにかけて、優雅で知的で新しもの好きな上流の人々を喜ばせたラヴェル。新奇なものには、ある種の皮肉や刺とか、扇情的な猛々しさがなければ、残るのは富裕な閑暇のさざめきだけになってしまいます。

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休憩後のバッハのシャコンヌには、ちょっと、はっとさせられました。

とても独特のフレージング。モダンにもピリオドにも、そのどちらにもない独自性を感じさせてくれました。聴き進んでいくと、どこか素っ気なさ、無表情、無感情ともいうべきバッハにある種の新しさを感じさせているだけだったのかと思えてきます。そのことがこの人の音楽として意図されたものなのかどうか。そこを目で探っていくと、右手の手首の堅さが気になってきます。音価がどうしても短くなり、アゴーギグが機械的に感じさせるのはそこなのかもしれないと思えるのです。この弓を繰る手首の律儀な堅さが、どの曲でも同じだということに気づきました。

ドビュッシーは、ラヴェルよりも面白かった。

でも、優雅な冗長さということは変わらない。こういう演奏を聴いてみるとドビュッシーのほうがラヴェルよりもはるかに革新的で情熱のカロリーも高いと思います。けれども、どうしてもガラスの中の優雅さという囲いこまれた完全性は変わらずに一貫していると感じます。

最後のプロコフィエフには期待したのですが、がっかりしました。

もともとはフルートソナタとして作曲されたものですし、第1番のような戦争の陰鬱さをするべくもないのでしょうが、これではあくまでもソ連時代の体制におもねった凡庸な民族派作曲家たちの通俗な雅曲のひとつに過ぎないとさえ思えてしまいます。どちらかといえば、主役のヴァイオリンの引き立て役として一歩下がったように弾いていた和音さんが、ここに至って鬱憤を晴らすかのようにばーんと炸裂させていたのが印象的。

これだけの絢爛たるキャリアと才能には、もちろん、その将来に期待しないわけにはいきません。でも、いったい何を期待したらよいのでしょうか。そこが少しもイメージとして湧いてこないのです。素晴らしい才能と思えるのに、かえってこれからの未来が見えてこない。才能というのはかくも軽いものなのでしょうか。



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紀尾井 明日への扉35
河井勇人(ヴァイオリン)
2023年5月19日(金) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階 18列10番)

河井勇人(ヴァイオリン)
清水和音(ピアノ)
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40 (32)番 変ロ長調 K.454
ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ ト長調

バッハ:シャコンヌ~無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調 BWV1004
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調 op.94a

(アンコール)
ミルシテイン:パガニーニアーナ
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