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蘇る、秘蔵チェンバロの響き (ICUチャペル・チャリティー) [コンサート]

国際基督教大学(ICU)のチャペルで行われたチェンバロ・コンサート。

大学の宗教音楽センターの部屋の片隅に布一枚がかけられたまま永く埋もれていたチェンバロを再生。その復活コンサート。

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きっかけは、2019年に着任した佐藤望教授がそのチェンバロを発見し修復に尽力したこと。これを聞いた大西直樹教授が旧知のチェンバリスト水永牧子さんに声をかけてコンサートを企画した。ところが折からのコロナ禍のために企画は棚上げ。けれどもそのおかげで、楽器はさらに時間をかけて入念に調整される。1988年製作の古い楽器ですが、弾き込めば弾き込むほどその典雅な音色が磨かれ本来の明るさが輝いてくる。

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コンサートでは、もう一台、スピネットも使用されました。こちらは佐藤教授の私有の楽器だそうです。

ヴァージナルとも呼ばれますが、いわば小型のチェンバロ。エリザベス朝時期のイギリスでこの楽器は大流行。コンサートの最初は、それにふさわしいパーセルの曲を、このスピネットで弾きます。

このスピネット、そのサイズにもかかわらず素晴らしい音色。音律はミーントーンに調律されているそうで、その透明な音色が本当に美しい。

このスピネット演奏に合わせて、この日のゲストの川口聖加さんがグリーンスリーヴスやダウランドの歌曲を歌います。川口さんは、スピネットの横に置かれた椅子に座って歌います。傍らの家人が「座って歌うのは歌いにくくないの?」と聞きます。これは私の推測ですが、椅子に座ることでちょうど耳の高さがスピネットの上蓋とぴったりと合います。そのことでスピネットの音がよく聞こえる。上蓋の角度に合わせて、楽器の響きも歌も一緒になってチャペルの空間へと飛び出していく。そういうことを家人に言うと、「ふ~ん」と半信半疑な返事。でも実際に、歌声とスピネットは見事に融和して、しかも、それぞれがそれぞれに心地よく響き、聴き取れたのです。

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前半最後は、スカルラッティ。

これはそれにふさわしいチェンバロでの演奏です。楽器は、イタリアンタイプで鍵盤は一段のみ。胴も薄めで、聴き慣れたジャーマンタイプのような歯切れ良さや、フランス語の母音の甘い響きが心地よいフレンチタイプとは違って、とても明快でよく歌う。音律は、ヤング1/6。純正音律よりもちょっとだけ平均律に近い音律ですべての調性が演奏可能。

後半はすべてチェンバロで演奏されました。

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その最初のフィッシャーのパッサカリアでちょっとハプニングがありました。演奏が落ちるというか一瞬止まって音が飛んでしまったのです。何もなかったように演奏は続きましたが、演奏が終わった後で水永さんが「すみません。ひとつの音のプレクトラム(爪)が飛んでしまったので治してもらいます。」とひと言。チェンバロは、ピアノがハンマーで弦を叩く打弦楽器であるのに対して、ギターのように爪で弦を引っ掻く撥弦楽器。その爪が飛んでしまったのです。ままあることなのだそうですが、目の前での演奏中にそういうハプニングは初めて。水永さんの涼しい顔にも感心しましたが、調律師の手際の良さにも感服。修復に尽力されたのはこの先生なのだそうです。

後半にも川口さんのソプラノ歌唱が参加。

曲は、いずれも「イタリア歌曲集」から。

この歌曲集は、声楽を志す者にはなじみの教本のようなもの。19世紀イタリアの音楽学者アレッサンドロ・パリゾッティが17、18世紀の歌曲やオペラのアリアなどを編纂した歌曲集のことなのですが、19世紀風のピアノ伴奏歌曲に編曲されているので、最近はこれを原典に戻して歌われることが多くなってきました。波多野睦美さんもそうやってCDを出しています。

ところがこの日は、逆に水永さんの「ピアノ譜もとても味わいがあるのよね」という提案があったそうで、これに川口さんも即座に同意。何とチェンバロでピアノ版そのままに弾くというのです。それがとても伸びやかで活き活きとした歌唱になりました。音律の選択にもそうしたたくらみが隠されていたのでしょうか。

アンコールの最後には、ウクライナ民謡を元にしたドイツ歌曲。そして、ベトナム戦争を描いた映画「ディアハンター」のテーマ曲。21世紀の今日にヨーロッパで国と国との間の苛烈な戦争が起きているという信じられない悲しい現実を改めて身にしみて感じさせられました。

ICUでは、現在、5人のウクライナからの学生を受け入れているそうです。コンサートの収益は、すべてこうした困難をかかえた学生たちの支援に充てられるそうです。400人近く集まった皆さんが気持ちよくチャリティーに応じておられました。




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ICUチャペル・チャリティー
水永牧子チェンバロ・コンサート
~蘇る、秘蔵チェンバロの響き~
2023年6月24日(土)14:00
東京・三鷹市 国際基督教大学(ICU)礼拝堂

水永牧子(チェンバロ)
《ゲスト》川口聖加(ソプラノ)

プレトーク:水永牧子・佐藤望・大西直樹

H. パーセル:組曲第6番ニ長調 プレリュード/アルマンド/ホーンパイプ
H.パーセル:ラウンド“ゼロ”
J.クラーク:デンマーク王子の行進曲
イギリス民謡:グリーンスリーヴス*
J.ダウランド:流れよ、我が涙/おいで、もう一度*
D.スカルラッティ:ソナタ
 K.208 イ長調 アンダンテ
 K.3   イ短調 プレスト
 K.175 イ短調 アレグロ

J.C.F.フィッシャー:アルペッジョ/パッサカリア ニ短調
J.S.バッハ:トッカータ ニ長調 BWV912
T.ジョルダーニ:愛しい人よ*
A.スカルラッティ:私を傷つけるのをやえるか/すみれ*

(アンコール)
ウクライナ民謡:美しいミンカ(ドイツ歌曲版)*
映画「ディアハンター」より カヴァティーナ

タグ:チェンバロ
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