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30年の軌跡 (田部京子ピアノ・リサイタル) [コンサート]

ここのところ浜離宮朝日ホールの田部京子さんのリサイタルには欠かさず聴きにでかけています。

今回は、そのリサイタル・シリーズの20周年記念。

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しかもCDデビュー30周年という節目でもあるそうです。30年といえばずいぶんと長い歳月ですが、田部さんはずっと変わらずにお若いまま。

ホールに入ってまず目を引いたのは、楽器。

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何とベーゼンドルファーです。側面のロゴマークがいきなり目に飛び込んできました。

田部京子さんといえばスタインウェイのイメージです。このシリーズでも、おそらくホール備え付けの楽器と思われるスタインウェイを弾いておられていてそれが自然な情景として定着していたと思います。

そのピアノの音が素晴らしかった。

音に柔らかさと暖かみがあって、特に、低域が深く沈み込むのがベーゼンの響きのイメージですが、田部さんが弾くこのピアノはそれでいて低音がとても明瞭で濁らない。スタインウェイだと大概のピアニストは打撃がつまって音が濁ってしまう。ところが田部さんは深々と底なしに沈んでいく。

しかも、音色のコントロールが実に自由で、田部さんはそういう声部の線を弾きわけ巧みにつないでいく。調律も見事で、低域、中域、高域と音色が微妙にグラデーションを持っていて、よく歌うし、高域の燦めきや輝きが心地よい。田部さんはその自在さを心から楽しんでいるように見えます。

前半の曲目は、30周年の節目にリリースした最新アルバム《メロディ》のもの。最初はそれに先だって、田部さんの看板でもある吉松隆のプレアデス舞曲集から。星の燦めきのような曲調は、音が少し重めのベーゼンではどうかな?と思っていたのですが、そのほのかな透明な輝きは見事。むしろ、《真夜中のノエル》の祈りの歌の限りない純度の高さが素晴らしく、久々にウルウルとしてしまいました。

後で気づいたのですが、最新アルバムは、ベーゼンドルファーModel 280 VCで収録されています。そして、このコンサート・プログラムにもベーゼンドルファー・ジャパンの名が日本コロンビアとともにクレジットされていて、この楽器には格別な意味合いがあるようです。

さらに、これも後で気づいたことですが、この日の楽器は、録音に使われたピアノとは違うモデル。ベーゼンドルファーというと97鍵のインペリアルが有名ですが、それがベーゼンだと思うとそれよりずっと小さい。スタインウェイのコンサートグラウンドとほぼ変わらないサイズ。録音に使われたものよりも約5cmほど短い、小さめの特別なエディションのようです。そのせいなのか、より引き締まった現代的な味わいがあります。

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後半は、シューベルトの《幻想ソナタ》。

これも、この朝日ホールでのシリーズ第1回で演奏されたもの。その初心に戻りたいとの思いが込められているそうです。

シューベルトのピアノ曲というと、死の年に作曲された3つのソナタばかりが取り上げられますが、「3つのピアノ曲(D946)」とともに死の3年前に書かれて生前から出版されてもいたこのソナタも晩年の傑作に入れてよいのだと思います。

まず出だしに繰り返される短いモチーフの音色のくぐもったような内気な響きにはっとさせられます。それが心の深淵から遠くに響いてきて、ほんのわずかずつこちらにと近づいて来る。このモチーフは、第二主題とともにこの後何度も繰り返し繰り返し現れますが、田部さんはその音色を精妙に塗り分けていきます。

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ポール・ルイスのCDを聴いてみると、やはり、ルイスはスタインウェイのピアニスト。例えてみれば、同じ静謐な空気を暖めていく熱であってもルイスのは石炭ストーブのようなかぁーっと来る直截なものですが、田部さんのベーゼンドルファーは薪ストーブのような柔らかさがあって、熱が高まる瞬間には燃え上がる上昇感や、その焔のなかにはじけ散る火華の仄めきがあります。

そういうタッチの自在さ、反応の良さで可能になる表現の多彩さをひとつひとつ自らも確かめ、かみしめ、慈しむように、テンポはとてもゆっくりしています。そのことは、前半の小曲のひとつひとつからも感じていました。やはり遅めのテンポで演奏するポール・ルイスと較べても、もっと内省的でそれだけにシューベルトの晩年のたゆたうような夢幻の境地に深く沈潜し、そこから高揚感がゆっくりと湧き上がってくるという表現が際立ちます。

田部さん自身にとっても快心の演奏だったのではないでしょうか。本懐の演奏を可能にしたこの日の楽器を、私はどうしても特別なものと感じてしまうのです。

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コンサート後に、すぐに、最新アルバムを買い求めました。やはり、この日の公演でのベーゼンドルファーの音を彷彿とさせます。何の予備知識もなくて聴いてもそう感じたのかどうかわかりませんが、生の音を記憶している耳は確かにベーゼンドルファーの音だと感じ取ります。

曲もわかりやすく親しみやすい小品ばかりの選曲で、しかも演奏も素晴らしく、そしてオーディオ的にもピアノの音をよくとらえた極上の優秀録音だと思います。




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CDデビュー30周年×浜離宮リサイタル・シリーズ20周年記念
田部京子ピアノ・リサイタル

2023年6月25日(日) 14:00
東京・築地 浜離宮朝日ホール
(1階9列9番)

田部京子(ピアノ)
 使用ピアノ:ベーゼンドルファーModel275

吉松隆:プレイアデス舞曲集より
 前奏曲の映像 線形のロマンス 鳥のいる間奏曲 真夜中のノエル
J. S. バッハ/コルトー:アリオーソ
メンデルスゾーン:無言歌集より
 ないしょ話 Op.19-4 べニスのゴンドラの歌 第2番 Op.30-6
グリーグ:抒情小曲集より ノクターン Op.54-4
シベリウス:もみの木 Op.75-5
グリンカ=バラキレフ:ひばり
シューマン=リスト:献呈 S.566
ドビュッシー:月の光

シューベルト :ピアノソナタ第18番「幻想」 D894 Op.78 

(アンコール)
シューベルト:ハンガリー風のメロディ
スコリク:メロディー
シューベルト(田部京子/吉松隆編曲) :アヴェ・マリア
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