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蓄音機で聴くウラディミール・ホロヴィッツ [オーディオ]

東京芸大の膨大なSPコレクションを聴く会。今回はホロヴィッツ。

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会場の第6ホールは、2017年に大改装されたもので、中に入るのは初めて。天井から下がるように突き出た大量の木の束がに目を引きます。下地となる束材を内装側に配置するという逆転の発想なんだそうです。照明はその束材の先端のLED。

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とにかく独創的な音響デザイン。内装は一面がシナ合板で仕上げられていて、アコースティックは暖かみのあるものですが、音楽ホールとしてはかなりデッド。練習場とか卒業試験に使われるからなのでしょう。

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蓄音機は、クランクで巻き上げる手回しモーターの米国VICTOR社のビクトローラ・クレデンザ (Victrola Credenza)。鉄針を使用し、電気増幅を使わないオール機械式にもかかわらず、そのサウンドの存在感は堂々たるもので100席ほどの会場を十分に音を満たします。

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10インチの円盤に記録されるのは最大限で5分程度。だいたいが1面から3面で1曲あるいは1楽章が納められています。SPならではのスクラッチノイズですが、音楽そのものは不思議とノイズに埋もれない。帯域はせいぜい下は200Hzぐらいで上は1KHzぐらいまで。それでも不満なのは低域ぐらいで、ホロヴィッツの雄弁な中域も、輝くようなダイヤモンドのような高域も、目覚ましい速さのトリルの連打も、実に生々しい。電気増幅のオーディオとは違う実在感があります。再現装置というより楽器そのもの。英国HMVと米国Victorのディスクがかかりましたが、わずかに米国製のほうが帯域も広めで音に艶があると感じます。

コンサートやCDなどでしばしば“ホロヴィッツの愛した”NYスタインウェイのヴィンテージピアノを弾いている江口玲さんと、そのピアノを所有しているタカギクラヴィアの高木裕さんを解説とゲストに迎えての会なので、話題はどうしてもホロヴィッツのピアノのことになります。これがとても面白かった。

ホロヴィッツのピアノは特別。

まず鍵盤のストロークが違う。鍵盤を押すと前端がおよそ10mm下がる。通常はその半分の5mmぐらいでダンパーが上下するが、ホロヴィッツのピアノは2mmでダンパーが上がる。しかも重さが通常は50g前後なのに44-43gぐらいに調整されている。並のピアニストではとうていコントロールできない。例えてみれば、モダンピアノは誰でも運転が容易なオートマ車で、ホロヴィッツのピアノは、ホロヴィッツしか運転できないほどチューニングされたマニュアル車だということ。

音量や音色も今の楽器とまるで違うという。

そもそも音が均質でない。真ん中の帯域はメローで人間の声のようでよく歌う。高域は華やかで輝くようで、低域は沈むように深い。モダンピアノのように音が平均的では音楽が作れないといいます。戦前までは、ピアノは弦楽器のように職人がすべての工程に携わって手作りで制作していた。調律に際しても、例えばハンマーの位置は見た目ではガタガタで凸凹。ところがこれで弦と鍵盤のストロークがぴったり合っている。目でそろえてはダメなのだそうです。

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横板などのケースは楓材が使われているそうです。ハンブルクスタインウェイはブナや合板製。NYでは薄塗りのラッカーだったのに、ドイツではウレタン塗装。これではピアノは鳴らない。演奏家は、まず、作曲家の時代の楽器を求める。ホロヴィッツは、NYスタインウェイのなかからそういう楽器を選びに選んでいたそうです。

調律家もそういう演奏家の好みに合うピアノを見つける。スタインウェイのフランツ・モアはそういう天才だったそうです。ホロヴィッツはルービンシュタインのピアノを絶対に弾かないし、ルービンシュタインもホロヴィッツのピアノを弾かない。ところが調律はふたりともフランツ・モアが担当していたのだとか。メーカーもこうした巨匠・名手に貸与したり寄贈して、その意見を仔細に聞いて開発改良に力を注いだということだそうです。

ヴィンテージのNYスタインウェイを愛したピアニストにグレン・グールドがいます。

彼がまず気に入ったのはCD174。1回目のゴルトベルク変奏曲はこれで録音しています。ところがその楽器は輸送中に破損してしまう。ようやく見つけたのがCD318。ところが、この楽器も移送中に落下させて破損してしまう。スタインウェイのNY工場で修理するが肝心の音はもとに戻らない。それもこれもグールドの気まぐれのせいで、関係者も嫌気がさしていたのです。そういうスタインウェイの不実に怒ったグールドは、嫌がらせのように他社の楽器に浮気する。2回目のゴルトベルクの録音は、このどさくさでヤマハになったというわけですが、グールドが早逝しなければスタインウェイとは早晩和解したのではないかというのが高木さんのお話でした。

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最後に、江口さんがわざわざこの会のために会場に運び込まれていた「ホロヴィッツが愛したピアノ」CD75(1912年製 タカギクラヴィア所蔵)を実際に弾いてくれました。ショパンのノクターンのあまりの美しい表情豊かな音色に思わず息を呑む思いがしました。



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蓄音機で聴くウラディミール・ホロヴィッツ
 ~「石井コレクション」紹介~

東京・台東区 東京藝術大学音楽学部第6ホール
2023年10月25日(日)14:00

解説:江口玲(ピアニスト・東京藝術大学教授)
ゲスト:高木裕(ピアノプロデューサー・ピアノ技術者)

1. ショパン:[Impomptu no.1 in A flat major op.29]
  HMV(英)DB21425 1951年
2. ショパン:[Nocturne in F sharp major op.15, no.2]
  HMV(英)DB6627 1947年
3. ドホナーニ:[Capriccio in F minor op.28, no.6]
  HMV(英)DA1140 1928年
4. ベートーヴェン:[32 Variations in C minor op.191]*
  Victor(米)1689-90 1934年
5. リスト(ブゾーニ編):[Paganini etude in F flat major]
  Victor(米)1468 1930年
6. リスト:[Hungarian Rhapsody no.6]
  Victor(米)11-9844,45 1947年

7. ツェルニー:[Variations on the aria "La ricordanza"op.33]
8. スカルラッティ:[Capriccio]
9. ホロヴィッツ:[Canza excentrica]
10.ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」より第3楽章
  アルバート・コーツ指揮 ロンドン交響楽団
  Victor(米)17200-02 1930年

*表記はすべてレーベルに従ったもの。
ベートーヴェンの「32の変奏曲」は死後に整理されたもので作品番号は無く、現代ではWoO.80という整理番号が振られています。

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