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しなやかな歌と若獅子の咆吼 (フィリップ・リノフ ピアノリサイタル) [コンサート]

フィリップ・リノフは、今年の高松国際ピアノコンクール優勝者。

日本の国際ピアノコンクールとしては、浜松、仙台に次いで3番目。今年で5回目。コロナ感染で1年延期となり、前回は5年前のことになります。ちなみに前回の覇者は、古海行子。

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ひげ面でにこりともしない愛想無しで大人びて見えるが、1999年生まれ。現在はロシアのチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院の修士課程在学中とのことだが、すでに数々のコンクールを総なめにしています。

そういう注目の若手ピアニストを聴くのは久しぶり。とにかくその若さに酔いました。

1曲目のバッハ。

最初のアリオーソで、そのリリカルな美音に魅せられました。ところが、強奏が始まるとあまりの激音に思わずのけぞってしまいました。低音はまるで激突するような打撃で音が濁る。不幸への予感や嘆きとはいってもこんなに激することはないのに。途中からは先を急ぐ苛立ちのようなものがあって郵便ラッパに喚起された疾駆のフーガもひどく味気なくなりました。

これにはちょっとハプニングがあったのですが…。そのことは後述します。

気を取り直しての2曲目のシューマン。

バッハで感じた粗暴さが一転して鳴りを潜めて、こちらはリリシズムが引き立つ演奏。若きシューマンの気負いが、明暗のコントラストとなり、輻輳するリズムやアクセントの粗い手触りを期待していたのに、そういうものはすっかり背景へと遠く追いやられて、旋律線だけがとびきりのテヌートで滑らかに際立たされて流れていく。まるで、ずっと「トロイメライ」でも聴かされているような気分。

なんだかとても振り回されたような気分で前半が終わってしまいました。

それもこれも、《ハプニング》のせいだったのかもしれません。

最初のバッハが始まってまもなくのこと。とても耳障りな電子音が鳴り出したのです。微少な高域のノイズ。最初はホールの高域反射音かと思ったのですが、長く尾を引くその不快な電子音は3分ほど鳴り止まずずっと続きました。聴き慣れない妙な音でしたが、おそらく補聴器のアラーム音だと思います。

誰かがおそらくクレームしたのでしょう。休憩後の開演直前に係員がいかにもにわか作りのプラカードで電子機器の電源を落とすようにと注意して会場を回っていました。誰より集中をそがれたのは、弾いているご本人だったに違いありません。もしかしたらクレームしたのは本人だったかもしれません。

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後半の最初のタネーエフがよかった。

バッハの郵便ラッパのフーガもよかったが、このタネーエフの前奏曲とフーガは近現代的な情感と複雑化した技法が心地よい。陰影豊かでありながら抑制された叙情から、駆け出すように疾走が始まる。このひとはフーガが合うみたい。

…と思う間もなくプロコフィエフ。

技巧的に超のつく難曲だということは聴いただけでわかります。それをとんでもない強さでバリバリとうなりを上げるように弾いていく。ものすごいパワーのエンジン。まさに若獅子の咆吼。

さらに続いてのバーバーでは、さらにキレを増す。

とどまるところを知らない超絶技巧の披瀝と、製鉄機械のような大がかりな構造と機構がむき出しのようなソナタは、まさに20世紀はアメリカの時代だといわんばかりの演奏です。すごい技巧の迫力。前半で気になった低域の強音ももはや床を踏み抜き、天井の覆いを吹き飛ばすように抜けがよい。そして最後は、またしてもフーガ。客席を力でねじ伏せるような演奏ですが、これもまた若いエネルギーだと納得です。

愛想無しの面持ちなのでどうかと思ったアンコールですが、鳴り止まぬ拍手に応えて2曲も披露してくれました。これがまた、とびきりの美しいレガート。そこから浮き彫りにされる歌のしなやかさに舌を巻く思いがします。まさに《言葉のない歌曲》そのもの。シューマンをああいう風に弾いたわけが分かった気がします。これも《弾ける》ということの技術の披瀝なのだと思います。若いなぁ。

パワフルな超絶技巧としなやかな叙情との二刀流。注目のピアニストの登場であることは間違いありません。


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第5回高松国際ピアノコンクール優勝者
フィリップ・リノフ ピアノ・リサイタル
2023年10月17日(火)19:00
東京・富ヶ谷 ハクジュホール
(D列12番)

J.S.バッハ:カプリッチョ 変ロ長調 BWV 992 「最愛の兄の旅立ちにあたって」
R.シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集 op.6

S.タネーエフ:前奏曲とフーガ 嬰ト短調 op.29
S.プロコフィエフ:4つの練習曲 op.2
S.バーバー:ピアノ・ソナタ 変ホ短調 op.26

(アンコール)
F.モンポウ:若い女の子たちの踊り
F.ショパン/F.リスト:6つのポーランドの歌 S480/R145 より
第5曲 私のいとしい人

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