SSブログ

ブッフビンダーのベートーヴェン (ピアノ・ソナタ全曲演奏会 Ⅵ ) [コンサート]

ブッフ・ビンダーのベートーヴェン・ソナタ全曲演奏いよいよ大詰め近くの第6夜。

IMG_0777_1.JPG

前半に「悲愴」、後半に「ワルトシュタイン」とそれぞれのトリを持つ豪華なプログラム。ライブ収録も入っていてブッフビンダー自身も大いに入れ込んでの素晴らしいパフォーマンスでした。

IMG_0778_1.JPG

最初の第10番は、古典的な均整のとれたソナタでありながらとても親密。鍵盤楽器特有の粒立ちの快感はそのままに、歌謡性の際立った演奏。それは前半のテンペストでクライマックスを迎えた疾走感とはまた違ったベートヴェンの位相を見せてくれてはっとさせられます。

そのことは、続いての二楽章だけの小ソナタでも同じ。軽妙で親密なことは共通していて、細かな音符の連なりは、むしろスラーを活かしたメロディアスなもので左右両手のやりとりがむしろ対位法的。第二楽章のメヌエットは、あの七重奏曲のテーマ。思わず笑みがこぼれてしまうような心地。

そこに、いきなりハ短調の劇的な和音が劇的に響く。ベートーヴェン自身が標榜した“Pathetique”という標題にもかかわらず、雅趣があふれとても優雅。真珠がこぼれ落ちるような下降スケールや柔らかなアクセントは甘く優美でとてもウィーン的。スラーやテヌートのメロディは第二楽章のカンタービレで極め尽くされる。リズムよりも旋律がよく歌うのは最後のアレグロでも同じ。こういう演奏もブッフビンダーの魅力なんだと痛感させられます。とてもチャーミングな「悲愴」。

IMG_0780_1.JPG

後半もその仕掛けは同じ。

まず、第25番の明るい叙情性と親密さで気持ちを包み込んでしまう。ドイツ的なステップの運びは前半の第20番のメヌエットと同じで、続くシンプルなカンタービレ、終楽章の優美なヴィヴァーチェもよく歌う。

そこに、いきなり和音連打で情熱がほとばしるようなワルトシュタインの疾駆が開始される。言うまでもなくこの夜の白眉といえる快演でした。

ワルトシュタインというと、ヴィルティオーゾな威容を思わせることが多い。実際に、とてつもなく超絶的な技巧を要する曲なはずですが、曲芸的というのともちょっと違う。高いテンションのなかで勢いのままに突き進むということでもない。この曲を聴くとすぐにホロヴィッツを思い浮かべるのだけれど、聴いてみるとさほど超絶技巧的でもないし悪魔的な激情もなく、その演奏からは意外にも確とした答えが見えない。

ところがブッフビンダーのワルトシュタインは、とてつもなく音数は多いけれど、歌にあふれているし和声の進行、変転がもたらす情感の浮揚、陰影の移ろいがあってとても優美。そこにピアノの打感がもたらすグルーヴ感がある。ノリがいい。細かい音符の連打に見えてそこには前へ前へと突き進む揺らぎや微妙なズレが乗っているのは、超絶技巧だけの曲芸にはない歌や踊りの感覚があるからに違いありません。聴いているうちにどんどんと高揚していきます。持って行かれてしまうという感覚。それでいて曲全体の堅牢な構造がいささかも揺るがない。ほんとうにすごい。

IMG_0790_1.JPG

客席も沸きに沸きました。ブッフビンダーは、真性のウィーンのピアニストだとあらためて痛感させられました。




flyer.jpg

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会Ⅵ

2024年3月21日(木)19:00
東京・上野 東京文化会館小ホール
(H列25番)

ベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ第11番変ロ長調 op.22
ピアノ・ソナタ第20番ト長調 op.49-2
ピアノ・ソナタ第8番ハ短調 op.13

ピアノ・ソナタ第25番 ト長調 op.79
ピアノ・ソナタ第21番ハ長調 op.53 《ワルトシュタイン》

(アンコール)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 op.31-2《テンペスト》より         第3楽章 Allegretto

nice!(0)  コメント(0)