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魔笛 (ウィーン&ブダペスト音楽三昧 その2) [海外音楽旅行]

ブダペスト祝祭管弦楽団(BFO)を聴いてみたが、まだまだその評価には半信半疑だったというお話しの続きです。

一日おいて再びBFOを聴きました。

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《演奏会形式》の『魔笛』でしたが、こんなに楽しい『魔笛』は今までに聴いたことがないとさえ思うほどに興奮しました。ほんとうに素晴らしい『魔笛』。随所にウィットとセンスが溢れていて、歌手のアリアと俳優の演技とを交錯させジングシュピールのエッセンスが鮮明に浮かび上がり、聴いていてわくわくするほどに童心に満ちた楽しさがあふれ、観ていて様々な謎解きのような挑発や稚気があって知的興奮を覚えずにはいられなかったのです。

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会場は前々日と同じ、文化宮(Juveszetek Paltotaja)のベラ・バルトーク・ホール。

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今回はホテルのコンシェルジェに聞いて路面電車で行きました。ドナウ川河畔にかかる橋の立体交差で乗り換えますが20分ほどで着いてしまいます。あのタクシーは何だったんだろうと思うほどあっけない。

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演奏会形式とはいえ、あたかも本格的なオペラのようにしつらえてあります。ステージは黒いカーテンでプロセニウムがしつらえてあってパイプオルガンやP席はすっかり覆われてしまっています。全体に大きなスクリーンがセットされ、ここに字幕だけでなく背景のイラストが映し出され、演技や歌唱はステージ前縁で演じられ、オーケストラはピットに落とされています。かなり横長のピットです。

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さて、いよいよ開演。のっけから次々とフィッシャー・マジックが繰り出され、どんどんと『ジングシュピール(歌芝居)』の世界に引き込まれていきます。

最大の仕掛けは、歌手と俳優が別々であること。『魔笛』は、旅の一座を率いるシカネーダーが自分の一座のためにモーツァルトと共同で制作したもの。形式ばらずに大衆を楽しませる様々な見せ場が用意されていて、歌も会話もドイツ語で会話は歌の一種であるレチタティーヴォ(朗唱)ではなく台詞(セリフ)で語られます。フィッシャーは、音楽と演劇を分離して、しかも、巧妙に重ね合わせて進行させていくのです。

うれしいサプライズは、このセリフが英語だったこと。俳優たちもシェークスピア劇などで鍛えたイギリス人の俳優が主に起用されています。本来は現地のハンガリー語ということもあったけれど、このプロダクションを国際的に拡げていきたいと考えて英語を選んだとフィッシャーは語っています。もちろん歌唱は音楽と密接に結びついているのですからオリジナルのドイツ語。そして、もうひとつのうれしいサプライズは、スクリーンに映し出される字幕がこれも英語だったこと。

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劈頭、フィッシャーはこうした公演の形を客席に理解させて、歌芝居の世界に引き込ませるために、これまた一芝居打ちます。

ピットから乗り出して挨拶がてら、突然、俳優の公募をするのです。「この芝居は、英語で行います。簡単なセリフですから誰でもできますよ。ボランティアを募ります。6人必要です。どなたか…?!」という具合。もちろん英語での演説。客席から名乗りを上げる人が続出。もちろんヤラセです。始めから俳優たちが客席にいたのです。

俳優たちが選出されて、衣装をつけるために客席から退出すると、颯爽とあの「序曲」が始まります。その途端にピットのフロアがするするとせり上がり、序曲の演奏のあいだはほぼステージ近くの高さで指揮者やオーケストラがアップテンポのピリオド奏法で活き活きと演奏する。あのフリーメーソンの三和音も自然倍音の金管ならではのもの。こんどの私たちの席は、1階席中央6列目という最良の席でしたから、ステージやピットからの息づかい、沸き立つようなハーモニー、楽器の手触りが活き活きと伝わってきて、たちまちモーツァルトのとりことなってしまいました。

芝居はステージばかりではなく、2階左右のバルコニー上から呼びかけたり、客席後方から登場したり、縦横無尽に立体的に展開します。それでもステージ上の歌手には負担はかかりません。俳優と歌手は暗転などを利用して瞬時に交替したり、あるいは進行のタイミング次第では歌手と俳優が並んで立つこともいといません。それがとてもテンポよく進むので気にならないのです。そして歌手たちは演技の負担がほとんどないので、自然な身振りで伸び伸びと歌います。

その歌手陣が素晴らしい。

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私には馴染みの薄い若い伸び盛りの歌手ばかり。知っているのは「夜の女王」役のマンディ・フレドリヒぐらい。彼女は、アーノンクールの下で同役を演じてザルツブルク音楽祭デビュー、2013年の新国立劇場で『フィガロの結婚』では「伯爵夫人」を演じています。その他の歌手は前々日の『レクイエム』のソロ陣に重なりますが、その若さにもかかわらずキャリアは錚々たるもの。パミーナのハンナ=エリザベス・ミューラー、タミーノのカップルも若くて純朴そのもので、信じやすく傷つきやすい青春を好演。

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ハンノ・ミュラー=ブラッハマンとノルマ・ナウンは親近感あふれる明るい歌唱に嫌みがなにのも若さゆえなのでしょう。

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スクリーンに映し出されるイラストもメルヘンチックでシックな大人の感覚と屈託のない童心が両立するお洒落なもの。歌詞に合わせて登場する字幕も、画面が広く大きいので読みやすいばかりでなく、重唱にも同時多重に対応していて小気味よく理解しやすい。

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劇中で使われる魔法の鈴は、鍵盤型のグロッケンシュピールを模したもの。イヴァン・フィッシャーが写真で抱えているのがそれ。

こちらはオーケストラピット内の本物の鍵盤型グロッケンシュピール。ちょっと目にはチェレスタと見分けがつきにくい。

第二幕の始まりにもちょっとしたいたずらが。

開幕して音楽が始まってもピット内にはオーケストラがいません。いったいどこから音が出ているのか。注意深く耳を澄ますと、どうもこれはナマではなくSR(Sound Reinforcement)によるものらしいと思われます。よほど注意して聴かないと分別しがたいほど。やがて、三々五々にオーケストラがピットに入ってきてほんとうのナマ音にすり替わっていく。かつてステレオ全盛時代に、ナマとのすり替わりというデモが行われましたが、まさか、ここでこういうものを実見するとは。ほんとうにナマと再生音とのすり替わりかは半信半疑だったのですが、最後にまたまたトリックが仕掛けられます。

最後の最後の大団円。ザラストロスへの称賛と崇拝の音楽となるところ。

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ステージを覆っていたスクリーンと黒い幕がするすると上がっていく。…と、なんとそこにはフィッシャーが指揮するオーケストラがステージ後方に登場。「あっ!?」と思わずピットを見るともぬけの殻。いつの間にかすり替わって移動していたのです。いったいどのようにこれをやってのけたのか??

このモーツァルト歌劇につきものの大団円は、いつもとってつけたような感じがしてならなかったのですが、この場面を歌手や俳優陣のアプローズにしてしまったのもフィッシャーの新しい感覚。ステージに上がったオーケストラとともに、まるでミュージカル感覚での挨拶場面になって、この楽しい音楽芝居の終演となりました。

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『魔笛』は、ヨーロッパ人が生涯に最も多く観るオペラなのだそうです。それこそ子供の頃から、人形劇や影絵劇など旅の一座、観光や祭りなどで親しんで育ってきた出し物。フィッシャー自身も兄のアダムズとともに少年の頃にハンガリー歌劇場で三人の童子を演じたことがあるそうで、肌にまで染みこんだような歌芝居。そういう思い込めて用意周到に準備されたプロダクションだったのだと思います。なかなかそういう伝統は日本人には身に染みてわかるものではないのですが、今回、その伝統が肌に直接触れるような感覚がありました。

演奏の質だけでなく、様々なチャレンジとその新しい想像力に満ちた活動はなかなか他のエスタブリッシュメント・オーケストラにはないもので、そこがトップテンの一角を占めた所以でもあり、ユニークな立ち位置なのだと確信しました。


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ブダペスト祝祭管弦楽団 演奏会
歌劇『魔笛』K.620(演奏会形式)

2016年5月6日(金) 19:00
ブダペスト 文化宮 ベラ・バルトーク・ホール


Music by Wolfgang Amadeus Mozart
Libretto by Emanuel Schikaneder
English dialogues by Jeremy Sams

Sarastro: Krisztian Cser
Queen of the Night: Mandy Fredrich
Pamina, her daughter: Hanna-Elisabeth Muller
Tamino, a Japanese prince: Bernard Richter
Papageno, a bird-cather: Hanno Muller-Brachmann
Papagena: Norma Nahoun
Three Ladies: Eleonore Marguerre, Olivia Vermeulen, Barbara Kozelj
Three Boys: members of the Hungarian State Opera Children’s Choir
Monostatos, a Moor: Rodolphe Briand
Speaker: Peter Harvey
Two Priests / Two Guards: Gustavo Quaresma Ramos, Peter Harvey

Actors: Joanna Croll, Felicity Davidson, Laura Rees, Scott Brooksbank, Jonathan Oliver, Bart van der Schaaf
Chorus: A la cARTe Choir & musicians of the Budapest Festival Orchestra

Set Designer and Illustrator: Margit Balla
Costume Designer: Gyorgyi Szakacs
Silhouette Designer: Agnes Kuthy
Lighting Designer: Tamas Banyai
Dramaturg: Anna Veress
Stage Manager / Assistant Director: Andrea Valkai
Assistant Conductor: Vladimir Fanshil
Repetiteur: Dora Bizjak

Budapest Festival Orchestra
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