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アンドラーシュ・シフのバッハ (ドイツ音楽三昧 その3) [海外音楽旅行]

今回の音楽三昧の旅の最初のコンサートは、アンドラーシュ・シフのバッハ/パルティータ全曲演奏会。

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そもそもは、新設されたばかりのピエール・ブーレーズ・ザールを体験したいといういささかよこしまな動機でしたが、大好きなシフのバッハが聴けるとあって願ったり叶ったりのコンサート体験です。シフのバッハは、4年前に紀尾井ホールで聴いて以来。そしてバッハのパルティータ全曲演奏は、今春、所沢のリフシッツを体験したばかり。

ピエール・ブーレーズ・ザールは、演奏者をぐるりと取り囲む楕円形のホール。ピアノ・リサイタルの席を予約することには戸惑いがありました。予約用のホームページに示された座席表にはピアノがどう配置されるかは一切表示がありませんでした。どんな配置になるかは実際にその場になってみなければわかりません。

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NHKBSプレミアムで放送されたこけら落としコンサートの映像などで確認した楽屋口の位置からピアノ配置を類推しましたが(結果的にはこれは正解だったのですが)、それでも理想的な正面は、もし、逆だったらあの大きな音響板の背面という最悪の位置にもなるわけでイチかバチかの賭けになってしまいます。その90度ずらした方向であれば、もし当てが違っても、背中側であっても鍵盤が見える位置か、演奏者の顔が見えて音響的にもそこそこの正面側、いずれもそれなりのよさがあります。そこで、その位置で席を確保したのですが、結果的には演奏者背中側の位置。ステージフロアの臨時席が3列ありましたので、5列目の席ですが、手を伸ばせば演奏者に届いてしまうかと思えるほどの近い席です。

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新しいホールに集まった聴衆は、若い人も少なくなくて老若男女がまんべんなく集う音楽会。服装もカジュアルですが知的で上品なもので、会場の雰囲気はどこかの音楽大学の講堂でのリサイタルのような感じでした。実際にここは音楽アカデミーと隣接し接続しているホールなのです。

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カメラが何台も入っていましたので、英語・ドイツ語それぞれの講演と2夜にわたって行われたこの演奏会は、いずれTVで放映されるかビデオにもなるのでしょう。私たちが聴いたこの日は、その最終日でした。

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マイクセッティングは、通常のホールと特に変わらずオーソドックスなもの。

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シフは黒ずくめの立て襟のスーツというシックな装いで現れました。その表情は柔和で穏やか。とてもパルティータ全6曲に挑むというような表情には見えません。四方それぞれに向き直って軽く会釈をすると、椅子に座りさりげなく演奏が始まりました。

シフのパルティータは、若い頃のほうのCDをよく聴いてきました。繰り返しや装飾がよく探求されていてその繊細な情感の起伏や移ろいがとても穏やかで美しい。この日の演奏は、それがさらに簡素化され装飾はもっと控えめで繰り返しの強弱の差もとても微小。淡々と弾き進む端正なたたずまいは変わらず、音楽はよどみなく呼吸し、歌舞というよりも自然なアクセントで語られる詠唱のよう。それでも気持ちを揺り動かすような律動を感じるところも一切変わりません。装飾が控えめになったことでピアノの本来のソノリティがきれいに浮き立ちます。ペダルを一切使わないのはシフのバッハへのこだわりです。

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左手と右手がとても均質で、旋律線が右手や左手へと次々と分割され受け渡されるところは、鍵盤上を駆け巡る両手をつぶさに眺めることができる席ならではのことですが、そのことでバッハの観念的で視覚的な対位法の秘術とその遊び心がより立体感をもって浮かび上がってきます。内声ともいうべき副声部がそのまま音感に深みを与えてくれるのはまるで魔法でも見るような気さえします。

プログラムは、5番、3番と穏やかに開始され、1番、2番と長調、短調を交互に連ねて弾かれます。いささか劇場型だったリフシッツとは対照的に、シフのバッハは書斎で弾かれるようなバッハ。聴衆と同じ地平で同じ空気を呼吸するような音楽で、バッハが作品1の練習曲集と題して初めて公に出版した原点ともいうべき曲集。自分の書斎で息子の手ほどきをする姿をほうふつとさせるような演奏。一曲の区切りを確認するかのような拍手にほんの少しだけ座を外して一礼するとすぐに次の組曲に入ります。楽屋に下がることもなく、休憩はただの一度だけ。少しの気負いもありません。

客席も次第に集中力を高め、バッハの世界に深く沈潜していきます。休憩後の後半は、4番と6番という組曲集のなかでもひときわ大がかりな大曲を2曲。それを拍手に軽く応じながらも休みなく演奏します。この後半は、まさにシフと聴衆が一体となったかのように宇宙空間にぽっかりと浮かぶ太陽と惑星のような格別のバッハの精神世界でした。

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閉演後にはサイン会。列のほとんど最後尾に並んでシフのサインをもらいました。その姿を現すまでにずいぶんと待たされましたが、やはり黒のシックな普段着に着替えて薄い鞄を提げて現れた姿は、どこかのおじさんの通勤姿のようでいささか拍子抜け。

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最後の最後まで、どこにも力の入らない自然体の、それでいて静かで穏やかな感動が広がるリサイタルでした。


(続く)


サー・アンドラーシュ・シフ バッハ/パルティータ全6曲演奏会
2018年6月19日(火) 19:30
ベルリン ピエール・ブーレーズ・ザール
(1階ブロックC 2列目 7番)

J.S.バッハ:パルティータ全6曲
 パルティータ第5番 ト長調 BWV 829
       第3番 イ短調 BWV 827
       第1番 変ロ長調 BWV 825
       第2番 ハ短調 BWV 826
       
       第4番 ニ長調 BWV 828
       第6番 ホ短調 BWV 830
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