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前衛に立つということ (岡本侑也&河村尚子) [コンサート]

始めの一撃で思わずのけぞりました。

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河村尚子の挑みかかるような冒頭和音。

これまで聴いたことのないようなドビュッシーの前衛的内面を露わにした演奏です。巫女の一喝で目覚めた憑依霊のように岡本のチェロが決然と歌い出す。これほどまでに自由で内的な衝動をむき出しにしたピアノの挑発とチェロの奇怪な運動の絡み合いが続くドビュッシーは斬新でした。

このソナタには、〈月と仲違いしたピエロ〉という副題がつけられる予定だったそうです。気鬱と衝動が交錯する即興的な象徴主義的な遊戯的な要素が、二人の演奏には充溢しています。ほとんどアタッカのように続けられた第二楽章冒頭のチェロのピッチカートとピアノの鋭い短音、終楽章の狂気まで…

あっという間の11分間です。

続くブーランジェは、ドビュッシーの前衛性に較べれば、スイーツのような優雅さがあります。それでもひとつ、ふたつと順に曲が進むとなかなか一筋縄でいかない。妹リリーの才能に圧倒され、その夭折によって彼女は挫折してしまいますが、この女性作曲家はいわばその後の二十世紀フランスの鬼才たちの母のような存在になるのですから。そういう音楽。

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前半の最後は、プーランク。

プログラムは、現代の若手チェロ奏者なら必ず通る道のようなレパートリーが並びますが、岡本にとっては自分自身と従来の演奏に対して決然と挑戦するかのような演奏です。

若い岡本には、思わず舌を巻いてしまう技術の高さと、伸びやかで滑らかな技巧、飴色の心地よい中音域、音程の驚くほどの安定性がすでに完璧に具わっています。それでいて身のこなしはとても穏やかで柔らかい。コダーイであっても、ベートーヴェンであっても、何でも優美にしてしまっていた、そういう岡本が、むしろ、武闘派のような戦闘服を着て、機動的なプーランクを弾く。河村が煽るようにはやし立てる。ベルエポックというのは両大戦という硝煙の中のひとこまだったと言わんばかりの音楽は、ふたりにとってのまさに自ら仕掛けた覚醒なのではないでしょうか。

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後半のブラームスも、何やらきな臭い。

晩年の作品にもかかわらず雄渾かつ情熱的だが、ともすれば枯れた心境という固定観念に引っ張られがち。そんなこのソナタをやはり高いテンションと高揚感で弾いている。様式構成面でも音響面でも、前半のフランスとは対照的だけれど、そういう大きなダイナミクスは変わらない。

「チェロソナタ」とか「チェロとピアノのためのソナタ」というよりは、むしろ、《チェロによる内声を伴うピアノソナタ》。

あくまでも、ピアノソナタ。チェロは内声部を強化する従者であって、脳天気に歌っている場合ではない。そういう演奏は、あるようでないもの。ある意味では衝撃的です。

「内声」と言ってもブラームスのそれは特別。ここではボスは明らかに河村だ。彼女は、思う存分に右手と左手をいっぱいに拡げて弾きまくる。そのど真ん中に身体ごと飛び込んでいくのが岡本のチェロ。こんな弾き方、役割は、彼はいままで経験していなかったのではないでしょうか。もちろん内声といっても音量と技巧性は容赦ないほどに強い。高い音域でピアノと歌い交わす対旋律だって、内声部の役割のうちだと思ってしまいます。

音楽的には荒削りで未完成なところはありますが、こういう風に大きく前に一歩を踏み出してきた岡本の将来がとても楽しみ。というか、これまでのイメージを払拭するようなスケールの大きさと頼もしさを感じさせました。そこが河村とのコラボの成果であればなおうれしい。

アンコールは3曲。ここで岡本はようやくゆっくりくつろいで、もともとの貴公子に戻ったようでした。あれほどの、演奏にも少しも息が上がっていない。河村に「声が小さい」とささやかれて岡本が苦笑して「ナディアの妹のリリー・ブーランジェのノクターン」と言い直すシーンには思わず微笑んでしまいました。



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東京・春・音楽祭
岡本侑也(チェロ)&河村尚子(ピアノ)
2022年3月25日 [金] 19:00~
東京・上野 東京文化会館小ホール
(I列24番)
チェロ:岡本侑也
ピアノ:河村尚子

ドビュッシー:チェロ・ソナタ ニ短調
ナディア・ブーランジェ:チェロとピアノのための3つの小品
プーランク:チェロ・ソナタ FP143

ブラームス:チェロ・ソナタ 第2番 ヘ長調 op.99

(アンコール)
リリー・ブーランジェ:ノクターン
シューマン:献呈
ドビュッシー:美しい夕暮れ
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