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リゲティの秘密 (都響第971回定期Bシリーズ) [コンサート]

まさに驚愕ともいうべきコパチンスカヤのパフォーマンス。

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いつもながらの血が沸き立ち、たぎるような興奮をもたらす彼女のパフォーマンスはますます進化していてとどまるところを知らない。それはヴァイオリンだけではなく近年はヴォイス・パフォーマンスも加えていて、その超絶的エンターテイメントがリゲティの内面・外面のミステリーに果敢に挑んでいく。その様は、満開の桜の下の饗宴に大玉の打ち上げ花火の炸裂が加わったかのような狂瀾ぶり。

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20世紀の現代作曲家リゲティの生誕100年を記念するというのが今回の都響のプログラム。いかにも大野和士ならではのプログラムに、コパチンスカヤが協奏曲のソロと、もう1曲、ヴォーカルと振りのパフォーマンスで参加するのだから、これは見逃せない。

一曲目は、リゲティの練習曲の編曲版。

ピアノ版の「練習曲集」で聴くと、複雑な超絶技巧が炸裂するのがリゲティの練習曲集。そのなかでは比較的穏やかな曲ですが、その不思議さが一層際立つ曲。編成はオーケストラというよりも多種多様な楽器による室内楽的編成となっています。穏やかで美しい曲という印象はそのままですが、不思議な雰囲気の中に潜んでいた複雑なリズムのずれた感覚や、多彩多色の対位法の織り目が綾なすさざめきからは、人間の音感の奥底にある多様性への受容感覚が見事に浮き出てきます。

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二曲目のヴァイオリン協奏曲が素晴らしかった。

楽器を頭上に高々と掲げ、ふわっとしたドレスの裾を持ち上げて、彼女のトレードマークともいうべき裸足で登場。もうそれだけで客席には高揚感が湧き上がります。

擦弦楽器というものが持つ、気まぐれさ、不安定で神経質な面と、土俗的な高揚感。それらが上り詰めてもたらされる憑依状態まで、実に果てしないまでの多様多彩さ。最初は超絶技巧を披露するアヴァンギャルドなソロ協奏曲のように始まりますが、次第にその音調は、正統と俗調、モダンと古楽、深刻さと諧謔とを往ったり来たりを繰り返し果てしがなくなります。オーケストラが次第にソロとの対等性を増していき複リズムや対位法的に絡んで壮絶さを増していくところはスリリング。同意反復の繰り返しが崩壊するパッサカリアはとてもシリアス。苛立ちと扇情の果ての最後の最後に現れるカデンツァは、コパチンスカヤならではの凄絶なもので、肉声も重ねて、まさにトランス状態。最後はオーケストラが割ってい入るような一撃で終結となりました。

休憩後の一曲目だけが、バルトーク。

コパチンスカヤの準備や衣装替えのためにプログラムに挿入されたかの見えますが、これがまた合唱とパイプオルガンまでが参加する都響の動員力を見せつける見事な全曲ヴァージョンでした。バルトークの見せるエロ・グロのモダニズム――暴力的、差別的なジェンダーの果てにたどりつく人間主義のようなものを全身に浴びせかけてくるような見事なパフォーマンス。

最後の「マカーブルの秘密("Mysteries of the Macabre")」でのコパチンスカヤはもう圧倒的というしかありません。

コンチェルトでの衣装にいっぱい長い飾りひもが垂れているのを不思議に思っていましたが、これがとんでもない仕掛け。ピエロ風の隈取りをしたメーキャップともども、新聞紙や風船のように膨らましたプラスチック袋で満艦飾。まるでゴミ屋敷から出てきた巫女のよう。

姿を現したコパチンスカヤは、何やらわけのわからないことを口走っています。登場した時点ですでに演奏と演技が始まっていると気づいたのは、後を追うように現れた大野和士が彼女を追い越して指揮台に駆け上ってさっとタクトを振り下ろした瞬間でした。間髪を入れずオーケストラがコパチンスカヤに呼応し合流する。全てがハプニングと即興のようでいて、実は譜面通り。忙しく立ち回るコパチンスカヤが、素早く手を伸ばしてパサッと譜面をめくるのがなんだか笑えます。もちろん大野和士や四方恭子の台詞もアドリブなのですが、実は譜面の指示通り。

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原曲のオペラ《ル・グラン・マカーブル》は、2009年の日本初演を観ました。その後、再演されたとは聞いていません。エロ・グロのところはバルトークに通じていて、そこに人間の真相をえぐり出す以上にナンセンスな不条理ぶりで深刻ぶった人間や社会の偽善を笑いのめす。相当に下品な台詞や所作を含んでいて、上演のたびにそれはスキャンダルの様相を呈しているのも無理もないところです。

《マカーブルの秘密》は、そのオペラの登場人物ゲポポのアリアから取られた。ゲポポは、ゲシュタポの秘密警察官のパロディ。威圧的な言動は意味不明の言語に聞こえ、それがかえって滑稽極まりない。そこには、ユダヤ系ハンガリー人であるリゲッティが生まれたトランシルヴァニア地方は、現在はルーマニア領。ナチズムやスターリニズムまでが錯綜し民族と権力の交錯は、幼少時のリゲティには不明な発語の恐怖体験があったに違いありません。大野や四方のアドリブが日本語だから、聴いている私たちにとって、いっそうにその意味不明の言語の不条理性が引き立つのです。

ゲシュタポ役をコロラトゥーラの高音の超絶技巧にしてしまうところに、リゲティの持つ差別やジェンダーに対する痛烈な皮肉と諧謔があるわけです。オペラだけに技巧自慢のソプラノが歌うことが期待されるところですが、コパチンスカヤはシュプレヒゲザング風にシャウトする。そこにはベルカント的な歌唱は皆無ですが、そのことがかえって音の高低やリズムの正確さをクリアに浮かび上がらせていました。しばしば手にしているヴァイオリンも重ねての大熱演。

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マイクを使っての演技ですが、会場の左右、頭上に設置された巨大な線上配置型のPAスピーカーがよく効いていて、実に自然な音声となっていて、聴いているほうはほとんどそれと気づかない。このPA技術は実に見事で、この日の裏方の最大の立役者と言ってよいのではないでしょうか。

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コパチンスカヤはこれ以上ないというほどノリノリだったし、都響メンバーも超絶技巧の曲でありながら、余裕さえ感じさせる遊び心満点の対応ぶり。これほどの盛り上がりは、現代音楽プログラムとしては珍しい。都響の実力の高さを堪能しました。

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コパチンスカヤのサービス精神もフルスロットルで、アンコールでは、この公演で退団するコンミスの四方恭子とデュエット。ふたりの音色のコントラストにはっとさせらるし、これまでの都響における四方の存在の深みを思い知らされて、とても愛おしい思いにさせられる瞬間にもなったのです。

すごい公演でした。そして極上のエンターテイメントを堪能できたコンサートでもありました。





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東京都交響楽団
第971回定期演奏会Bシリーズ
【リゲティの秘密-生誕100年記念-】

2023年3月27日(月)19:00
東京・赤坂 サントリーホール
(2階 LB 5列 9番)

指揮/大野和士
コンサートマスター/四方恭子
ヴァイオリン&声/パトリツィア・コパチンスカヤ
合唱/栗友会合唱団


リゲティ(アブラハムセン編曲):虹~ピアノのための練習曲集第1巻より
リゲティ:ヴァイオリン協奏曲

(アンコール)
リゲティ : バラードとダンス(2つのヴァイオリン編)
 (ヴァイオリン/パトリツィア・コパチンスカヤ、四方恭子)


バルトーク:《中国の不思議な役人》op.19 Sz.73(全曲)
リゲティ:マカーブルの秘密



リゲティ : バラードとダンス(2つのヴァイオリン編)
 (ヴァイオリン/パトリツィア・コパチンスカヤ、四方恭子)


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