SSブログ

「音職人・行方洋一の仕事」(行方洋一著)読了 [読書]

先だって内沼映二の著書が面白かったので、同じレコーディングエンジニアの行方洋一の本著がも手に取ってみました。

行方洋一0001_1.jpg

私にとって行方洋一という名前は、実は、オーディオ評論家としての行方洋一だった。DCアンプを世に知らしめた金田アンプの最初の単行本(1977年)には、各社のDCアンプを傅 信幸氏とともにレポートしている様子も掲載されている。

氏は、1960年に高校を卒業すると東京芝浦電気(現・東芝)に就職。周囲に進学する友人も少なく就職以外は考えていなかった。いわゆる高卒だが、当時、東芝のような一流企業にも優秀な高卒社員が多かった。こちこちの堅物学卒社員を尻目に、上を気にすることなく自由闊達、自在に発想して活躍した。

入社して半年ほど、東芝の「レコード事業部」が独立して東芝音楽工業が設立される。自分の好きな音楽に直接携われるとためらいなく声がけに応じて手を挙げた。音楽制作という「新しい」事業に一から関われたことで氏はレコーディングエンジニアという天職を得た。

だから、そのキャリアは、昭和歌謡の全盛期、オーディオの絶頂期と一致する。その歴史変遷を映し出すようで、まさにレジェンドに相応しい。それはまさにセピア色の昭和そのもの。氏の原点が中学時代に「放送部」だったというのも、私たちの世代のオーディオ好きにとっては胸がキュンとなるほど懐かしい。

しかも、自称「不良社員」の氏は、東芝社員という殻にこだわらず、興味の向くまま、声のかかるままに「アルバイト」と称して八面六臂に活躍する。氏が晴れて、退社してフリーになったのは1979年というのだから、「オーディオ評論家」というのもばりばりの現役の東芝社員だったということになる。

「アルバイト」というのは、「東芝音工」「東芝EMI」というレーベルをも超えている。頼まれれば平気で他レーベルの録音にも携わっていたという。さすがに本名というわけにもいかず、「上村英二」という偽名を使った。裏方のエンジニアがクレジットされる時代ではなかったから、そんなことも表に出ることはない。私の好きな太田裕美(CBSソニー)の録音が、実は、氏の手によるものだったとは本書を読んで初めて知った。デビュー曲の「あまだれ」はもちろん、大ヒットとなった「木綿のハンカチーフ」も氏によるもの。「木綿のハンカチーフ」は、サードアルバム「心が風邪をひいた日」のなかのこの曲が好評で、歌詞の一部を変更(《きみは素顔で》→《いまも素顔で》)、萩田光雄のアレンジに筒美京平がストレンジなどを加えてシングルを録り直した。もちろん、どちらも行方洋一の録音。

行方洋一0002_1.jpg

この《ふたつ》の「木綿のハンカチーフ」は、ステレオ・サウンド社のSACDで聴ける。ただし、やはり、エンジニアのクレジットはない。

歌謡曲の録音にもとどまらず、CMやテレビドラマの主題曲などにも及ぶ。サミー・デーヴィスJr.の「サントリーホワイト」もそう。「サザエさん」のテーマに至っては超々のロングヒットだろう。「ドラゴンクエスト」のオーケストラ版もそうだと知るとちょっとびっくり。

氏の「不良社員」ぶりはSLなどの「生録」という新ジャンルも生んだ。最初は氏の個人的な趣味。しばしば行方不明で上司を慌てさせたとか。しまいには、鉄道ファンや国鉄職員とも昵懇になったという。これが奥村チヨの「さいはて慕情」のエンディングにもつながり、果ては東芝の「レールウェイ・ダイナミックス・シリーズ」や「サウンドラマ」にもなってしまう。

もちろん、録音制作の現場や裏話にもこと欠かず、興味は尽きない。

弘田三枝子の「私のベイビー」では、針飛びのクレーム殺到、回収を余儀なくされた。駆け出しの勇み足で、一番の自慢のバスドラのせいだった。結局、ローフィルターカットされて再カッティングして再発売。当時のレコードの録音帯域の常識がどうだったかがわかる。

「4チャンネル」や「ダイレクトカット」、あるいは高音質「プロユース・シリーズ」、JBLとの出会い、機関車録音のテクニックなど、オーディオ的なネタもたっぷり。

映像制作の会社に携わり、大きな挫折を味わったのはデジタル時代になってからのこと。最新技術の機器購入があだになった。多額な投資からあっという間に、同じ機能を持つ安値の機器に後を追われ優位性を失う。「これがデジタル製品の怖いところ」という一節に時代の屈折点を感じさせる。

挫折からあらためて一介のエンジニアとして再スタート。再起後の仕事はリマスタリングの仕事も多かった。

CDの音が悪い、と決めつける人は少なくないが、エンジニアの腕次第でCDの音はよくなるという。

「やろうと思えば、音源をピカピカの現代ふうの音に磨き上げることも可能。だが…昔の音を聴いていた人には別ものに聴こえるかもしれない」

「マスタリングには『節度』が大事なのだ。それはリスナーに加えて、オリジナル版のエンジニアへの敬意も含まれる」

というのは含蓄の深い言葉だと思う。






行方洋一_1.jpg


音職人・行方洋一の仕事
行方洋一著
DU BOOKS(株式会社ディスクユニオン)
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。