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「江戸染まぬ」(青山文平著)読了 [読書]

江戸時代というのは、つくづく今の時代とよく似ている。

泰平の世と言われる江戸の時代。平和ということは翻って変化に乏しい停滞と閉塞ということでもある。

江戸を舞台にした小説といえば、市井に生きる人々の心情の機微を描いたものと相場が決まっているが、この短編集は少々趣を異にする。この短編集を貫いているのは、平穏無事とは裏腹の停滞と閉塞であり、そこにありがちな人々のたまりにたまった屈託なのだ。

貧乏旗本が恒常的に借財に追われる窮乏の日々。村興しを阻む同業者支配の融通のなさと越えられぬ締め付け。家督制度に囲われた冷や飯食いや厄介叔父。藩主に生まれ才に恵まれながらも俗物の同輩に出世昇進で遅れを取ることの鬱憤。若くして当主の座を譲らざるを得なかった二十そこそこの「若年寄」を取り巻く不条理。

平易な現代言葉で語られるのに、江戸の語彙や習い、名所旧跡が巧みに織り込まれている。ひとりごとのような話しの運びはどうも愚痴っぽく、なかなか前へ進めてくれない。読み手の気持ちは先を知りたくてうずうずするが、それでいて不思議なのは、先へ先へと促されて、字を追う目が倦むことがない。作者の筆の運びのよさとともに細やかな言葉のカラクリが効いているからだろう。

だから、転結は唐突に現れる。最後の最後に意表をついた転回があって、あっという間に短く結ばれる。そのラストにそれまでの屈託が一気に吐き出される。

その気もなかったのに、もののはずみで学問吟味に合格し、時局の逼迫でロシア交渉役にまで登用されることになった孫の御勤めに、好好爺にしか見えなかった祖父が言う。

「開国を呑まなければ外から国を壊される。開国を呑めば内から国が割れる。どちらにしても、喝采は得られん。その腹積もりで、取り組んでくれ」

泰平の江戸時代のラストの一行とは、そういうことだったのかもしれない。


江戸染まぬ_1.jpg

江戸染まぬ 青山文平著
文藝春秋社
タグ:青山文平
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