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ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」(新国立劇場) [コンサート]

最初から最後まで、ヴェルディ、ヴェルディ、ヴェルディ!

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――素晴らしいプロダクションでした。

一番に称賛したいのは演出。

とにかくシンプル。これほどわかりやすい「シモン・ボッカネグラ」はあり得ないとさえ思えるほど。もともといくつもの対立軸があって、それらが複雑に絡み合い反転し、あるいは和解していく。プロローグは、その原点を示す概説となるけれど、それが実にわかりやすく胸に落ちる。台本上の場面はめまぐるしく変わるのですが、視覚的にはほぼ一場面に整理されていて音楽に途切れがなくあっという間。その手際のよさにまず驚きました。

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演技のこまかい仕草や、歌手の立ち位置などが実に細やかな配慮に満ちていて、音楽との同調性・協調性が巧み。舞台がシンプルだからこそ自由度が高く、ヴェルディの雄弁な音楽に身を任せることができるのだと感じます。場面の転換には、衣装であったり、平民や軍兵の群れ、ステージの高低や椅子であったり、あるいは帆船を思わせる三角形のデザインであったりと、さながら能舞台のように小さな象徴に凝縮させて観客の想像力を自由に跳躍させてくれるので、音楽がどんどんと自然に流れていきます。

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美術もそういうシンプリシティに合わせた巧みなもの。

頭上の逆さの火山は、意味深にも思えましたが、次第に視覚に溶け込んでしまい邪魔になりません。このオペラでは、こうした天地や鏡像などの反転がよく使われるのですが、この舞台意匠はもっと静かな語り口で、生死の淵とか自分ではままならぬ運命のようなものなどを観る側に心理的に浸透させていきます。赤と黒、あるいはジェノヴァ(リグリア)の国旗のような赤と白といった色彩と明暗の対比感覚は、日本人の美意識にもよくマッチします。演出と美術が実によく調和していました。

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同じくらい称賛したいのはオーケストラピットの大野和士と東フィル。

さながら大交響曲でも聴くかのような堂々たる雄弁な音響。ヴェルディの管弦楽の充実ぶりを満喫しました。晩年になってからの改訂は、台本の整理ばかりではなく音楽そのものの全体の大きな展開発展と大きな弧を描くような構造が明確になり、まさにヴェルディ円熟の音楽として完成したのだと思います。それを思う存分にオーケストラをドライブし高らかに歌わせる。大野和士にとっても快心の出来映えだったのではないでしょうか。

歌手陣も驚くほどの充実ぶり。

アメリア役のイリーナ・ルングの美貌と初々しい歌唱が素晴らしい。たった一人といってよい女性歌手ですし、政争、復讐、裏切りといった男臭いこのオペラではとかく埋没しがちなのですが、純潔で清廉一途、複雑な対立軸の転回の不動の中心軸として、重唱の彩りのなかでも確かな存在感を示していました。

アドルノ役のルチアーノ・ガンチは、これぞイタリア歌劇の輝かしいテノール。細かいコントロールの乱れはありましたが、そんなことを気にするのは野暮というもの。オペラを聴く楽しみはここにありと言いたいほどの全力での熱唱に快哉を叫びたい気持ちです。

フィエスコのリッカルド・ザネッラートも重厚な歌唱と演技で、敵役を貫禄十分に歌ってくれました。パオロ役のシモーネ・アルベルギーニは、歌もさることながらドラマのいわば舞台回しとして、オペラ全体の画像彩色を引き締めるブラックのような役割を演じて、その演技力が光ります。

シモン・ボッカネグラとは、自らの生命にかえて《和解》をもたらしたひと。そういう人生の焼尽の果ての終末を演じたフロンターリはとても見応えのある老練な歌唱と演技でした。

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ヴェルディの魅力は何と言っても重唱。

対話的な声色の対比ばかりではなくてそれぞれの思いが行き違ったり、感情の表裏の立体感であったり、その多声的な音楽の深みこそがヴェルディ音楽の偉大さだと思うのです。それがこのプロダクションチームが素晴らしかった。

このオペラが、筋立ての複雑さわかりにくさにもかかわらず多くのファンを惹き付ける理由がよくわかった気がします。これほどの完成度の高いプロダクションを日本に居ながらにして存分に楽しめる。その幸福に心が満たされる思いです。



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新国立劇場
ヴェルディ 「シモン・ボッカネグラ」
2023年11月23日 14:00
東京・初台 新国立劇場 オペラハウス
(1階7列27番)

【指 揮】大野和士
【演 出】ピエール・オーディ
【美 術】アニッシュ・カプーア
【衣 裳】ヴォイチェフ・ジエジッツ
【照 明】ジャン・カルマン
【舞台監督】髙橋尚史

【シモン・ボッカネグラ】ロベルト・フロンターリ
【アメーリア(マリア・ボッカネグラ)】イリーナ・ルング
【ヤコポ・フィエスコ】リッカルド・ザネッラート
【ガブリエーレ・アドルノ】ルチアーノ・ガンチ
【パオロ・アルビアーニ】シモーネ・アルベルギーニ
【ピエトロ】須藤慎吾
【隊長】村上敏明
【侍女】鈴木涼子

【合唱指揮】冨平恭平
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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