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春うらら (香月麗 チェロ・デビューリサイタル) [コンサート]

香月さんは、パリ国立高等音楽院に在学中で、この夜がデビューリサイタルなのだそうだ。私自身は、一昨年の6月にすでに芸劇ブランチコンサートでお目にかかっているのですが、あのときはスイスのローザンヌ高等音楽院に在学中でつまりは高校生だったことになります。とても若い。

見かけも小柄でまだあどけない面立ちの香月さんのチェロは、雄渾さとか、雄弁さというのではなく、清澄な音色で優雅な伸びのよいフレージング、それでいて繊細で精緻。さながら、気高くもとても心優しい小公女

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1曲目のドビュッシーの晩年のソナタも、ともすれば演奏者によっては二十世紀的なモダンなたたずまいが強く出がちだけれど、むしろ、シンプルで古典的なたたずまいに擬古的な透明な響きがあって、むしろ穏やかな春到来を待つようなすがすがしささえ感じます。

次の曲の作曲家プロコフィエフは、もともとは今まさに戦場になっているウクライナ・ドネツク州の生まれで、最初に作曲を教えたのもやはりウクライナ出身のレインゴリト・グリエールですから、今やウクライナの作曲家というべきなのかもしれません。この曲が取り上げられているのは、香月さんの先生の筋が、この曲の初演者ロストロポーヴィチにつながるからなのでしょう。晩年の穏やかで晴れ晴れとした心境を感じさせる。平和な春を願うなかにどこか、回顧的で最後には生まれ育ったウクライナの農場の広々とした春の風景を夢見たのではないかと思ったほど。

後半はメンデルスゾーン。これが素晴らしかった。

まずは、作品109の《無言歌》。《無言歌》といえばメンデルスゾーンの名刺代わりみたいなピアノ曲ですが、チェロとピアノのためにも何曲か作曲されています。小品としてチェリストがちょっとした場面でよく弾いている珠玉の作品で、息の長いチェロの夢見心地のフレージングは、ほんとうに《詞のない歌》そのもの。

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この夜の白眉は、最後のチェロ・ソナタだったと思います。メンデルスゾーンというのは、単に優雅なだけではない。やはりどこかに果てしない情熱の向かうところがあって、その感情は決して粗暴に衝突したり威圧するものではないけれど、情感の色合いが豊かでたっぷりとした熱量をたたえている。そういうメンデルスゾーンに、しっかりとした古典的な構成美を打ち出した素晴らしい演奏だったと思ったのです。メンデルスゾーンは、あまり目立たない存在で、名だたる大家もあまり取り上げていないようです。香月さんにはとてもお似合いの曲。それだけでなく、メンデルスゾーンはもっともっと聴かれてよい…そう思わせてくれた演奏でした。

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終始一貫、寄り添う影のようにサポートされていた鈴木慎崇さんのピアノは、さすがアンサンブルピアニストの第一人者。音は強音でも濁らず、チェロを常に包み込みさりげなく装飾するように、しかも輪郭の美しい燦めきのある音は、滑らかなチェロの美音をよく引き立てていました。

最後のスピーチは、香月さんのお人柄を感じさせるように、ちょっと生真面目すぎるほど生真面目でそれでいて真摯な気持ちの伝わる初々しいもの。アンコールは《歌の翼に》。

外は寒かったけれど、春がもう目の前――そんな素敵なリサイタルコンサートでした。


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紀尾井 明日への扉34
香月 麗(チェロ)
2023年3月3日(金) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階 18列13番)

香月 麗 (チェロ)
鈴木慎崇(ピアノ)
ドビュッシー:チェロ・ソナタ ニ短調 L.135
プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調 op.119[プロコフィエフ没後70年記念]

メンデルスゾーン:無言歌ニ長調 op.109 MWV Q 34
メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ第2番ニ長調 op.58 MWV Q 32

(アンコール)
メンデルスゾーン:歌の翼に

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小森谷巧プロデュース (読響アンサンブル・シリーズ) [コンサート]

読響のコンサートマスターを長く務める小森谷さんが定年で退団されるということは、このコンサートで初めて知りました。これは、言ってみればマエストロ小森谷のフェアウェルコンサート。

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一見プログラムは、弦楽合奏の名曲をずらりと並べたものという風にしか見えません。

恒例のプレトークでは、司会の鈴木美潮さん(読売新聞記者)が、このプログラムの意図はどんなところかと聞いても、小森谷さんは「自分は無口だから」と笑うだけで何も語らない。

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「自分は長い間、同僚である団員のみんな一人ひとりに支えられてコンマスの重責を果たすことができた、今日はそんな仲間に感謝の気持ちをこめて、とにかく一緒に楽しく過ごしたい。」

鈴木さんが、事前の勉強で得たあらん限りの知識をぶつけて、重ねて水を向けても――そういう趣旨を、笑いながら繰り返すばかり。

けれども、いざ聴いてみると、ほんとうにそういう趣旨がよくわかる。ステージ上の皆さんがとても楽しそうで、聴いていても楽しい。そういう楽しい弦楽合奏のひととき。

そういう楽しさが炸裂したのが、前半のヴィヴァルディ。

最初は、よく知られた「春」。季節は3月だし、小森谷さんがソリストとして前に出て妙技を聴かせる。でも、ヴィヴァルディの協奏曲は、古典派以後のヴィルティオーソを前面に押し出すコンチェルトとは違うことがよくわかります。合奏パートにだってソロの光があたる。《春がやってきた》と曲が始まると、すぐに《小鳥たちの歌》《小鳥は楽しい歌で春を迎え》と合奏パートのソロが小森谷さんのソロと楽しくさえずりを交わすという趣向。

二曲目の、作品3の協奏曲集では、まず、首席の瀧村依里さんがソリストとして加わる2つのヴァイオリンがソリスト。でもこれだって4つのパートに分けられたヴァイオリンのなかで二人が抜け出してソロを演ずるという仕掛けで、始まりは全員のトゥッティ。第二楽章のお二人の掛け合いがとても美しく、しかも楽しそう。

極めつけは、前半最後の作品3の第10番。

瀧村さんに代わって、これまで合奏パートにいた3人が小森谷さんと4人のソリストとなる協奏曲。題名こそ《4つのヴァイオリンのための》だけれど、独奏チェロも途中でド派手に疾走する場面があるから、プログラムには高木慶太さんも独奏にクレジットされる。そうなると、合奏パートも結局は一人ずつということになるので、結局は全員が単独のパートを受け持っているようなもの。13の弦楽器とバス、チェンバロのための合奏協奏曲みたいなもの。各パートがソロやユニゾン、重奏と重なったり掛け合ったり交代してリレーしたり、その韻や呼応が楽しいことこの上ない。ヴィヴァルディが女子養育院の生徒たち全員に見せ場を持たせて楽しく盛り上がっている様子が絵のように見えてくる。

中間楽章末尾で、4人のソリストがそれぞれ順にヴィヴァルディの《四季》の春夏秋冬のテーマをもとにカデンツァを弾くという楽しい趣向もご披露、会場を沸かせました。

後半は、チェリスト以外は立って演奏。

弦楽セレナーデは、エルガーの出世作。弦楽五部だけれどこれもパートがすぐに2分に分かれたり、半分にしたりと実質は6声部も7声部もある。ヴィオラの印象的な音型で始まる第一楽章アレグロは、もともとは《春の歌》と題されていたらしいから今の季節にふさわしいし、保守的な若書きの作風はもしかしたら小森谷さんの青春自画像なのかもしれません。

掉尾を飾ったのがグリーグの《ホルベア組曲》。ベルゲン同郷である18世紀の文豪を讃えた擬古的な組曲。やはり弦楽五部だけれでも、意匠は細やか。特に、最終曲のリゴードンでは、ヴァイオリンとヴィオラがソロの二重奏を奏でる。

バロック期の舞曲という触れ込みだけれど、ここのソロはまるでスカンジナビアのフィドルといった風に聞こえます。ヴァイオリン一筋の人生を歩んできた小森谷さんを祝福するように読響のメンバーがみんな輪になって、そのフィドルに合わせて楽しげに踊るかのようにも思えました。

アンコールは、モーツァルトの珍しいバレエ曲。小森谷さんはヴァイオリンを持たずに指揮だけ。自分は楽器を置き、パントマイムで何も語らず。そうやってコンサートを閉じるのは、これもまた小森谷さんのしゃれっ気なのでしょうか。

楽しかった。




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読響アンサンブル・シリーズ
第37回 《小森谷巧プロデュース》
2023年3月2日(木) 19:30~
トッパンホール
(P6列 12番)

ヴァイオリン/リーダー=小森谷巧(読響コンサートマスター)
 瀧村依里(首席)、岸本萌乃加(次席)
 小形響、川口尭史、小杉芳之、武田桃子、肥田与幸
ヴィオラ=柳瀬省太(ソロ・ヴィオラ)、長岡晶子、森口恭子
チェロ=髙木慶太、林一公
コントラバス=大槻健(首席)
チェンバロ=大井駿

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲「四季」から「春」
 *独奏:小森谷巧
ヴィヴァルディ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 RV522
 *独奏:小森谷巧、瀧村依里
ヴィヴァルディ:4つのヴァイオリンのための協奏曲 RV580
 *独奏:岸本萌乃加、武田桃子、小森谷巧、川口尭史 | 髙木慶太(Vc)

エルガー:弦楽セレナード
グリーグ:組曲「ホルベアの時代から」

(アンコール)
モーツァルト:バレエ組曲〈レ・プティ・リアン〉パントマイム

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