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ウィーン国立歌劇場「ローエングリン」 (ウィーン&ブダペスト音楽三昧 その9) [海外音楽旅行]

私たちの音楽三昧の旅もいよいよ最終日を迎えました。

長丁場のワグナーだけに、開演時間は17:30となります。最後のウィーン観光は、定番の市内観光をゆっくり楽しむことにしました。

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先ずはシュテファン寺院。30年前に来たときは屋根まで登った記憶が生々しく、かえって内部の記憶がはっきりしませんでした。あらためて伽藍の壮大な内部を見て感銘を受けました。パイプオルガンも聴いてみたかった。

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もうひとつの定番の美術史博物館。ここも30年前に訪ねたのですが、改めて来てみるとそのネオ・ルネサンス様式建築の壮大さと豊富なコレクションに感服してしまいます。正面階段の上部壁面にクリムトの壁画があったなんて30年前は少しも知りませんでした。あの時はブリューゲルに夢中でしたから。

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ステアケースをめぐる回廊には望遠鏡がありました。ふたりで夢中になっていると、ふと傍らの長椅子には老人がぼんやり座っています。慌ててどうぞと譲ったらにっこり笑って「ダンケ」。やっぱり順番を待っていたのでした。ちょっとばかりきまりの悪い思いをしました。

ここでもフェルメール。

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これでヨーロッパにあるフェルメールはあらかた踏破しました。

もうひとつは、前日の郵便貯金局の近くにある応用美術館。ウィーン万国博(1873年)の際に建てられた、やはりネオ・ルネサンス様式の建物ですが、正面の吹き抜けのホールなど建物自体がとても面白い。中を見て回るとウィーンの世紀末に至る工芸品の数々があってこれも実に興味深い。中国や柿右衛門、九谷などの東洋陶器との出会いから始まったヨーロッパの東洋趣味が世紀末に至って独自の美意識を生む。そういう流れのなかで日本の開国が実に絶妙なタイミングであったことを実感させられます。

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多少の時間のゆとりがあったので、市の中心部を散策。お茶してウィーン菓子をいただいたり土産物をあさったり、老舗の楽譜屋さんに立ち寄って何冊かスコアも手に入れました。

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開場時間になって会場に入ると、何と今日もまたまたピット内にはキュッヒルさんが座っていてヴァイオリンの調整に余念がない。ほんとうにその精励ぶりには驚きました。

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開幕直前に支配人がステージに登場。サプライズのアナウンスがありました。

何と思いがけず、突如、フローリアン=フォークトが降臨。

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予定されていたブルクハルト・フリッツが急病、つい前々日までベルリン・ドイツオペラでローエングリンを歌っていたフォークトが、急遽、代役として駆けつけたとのこと。ドイツ語がわからない私たちでしたが彼の名前と聴衆の反応でおよその推測はつきましたが、つい隣のおじさんに確かめました。おじさんもとにかく思いがけないサプライズに大喜びの様子。ネットではまさにこの日、初台の新国立劇場では総稽古が始まったとのニュースを見たばかりだったので私たちにとってはほんとうにビックサプライズです。

フォークトのタイトルロールにはもう何も言うことはありません。

その優しい美貌と柔らかで慈愛に満ちた美声。白鳥とともに登場するシーンの第一声「ありがとう、かわいい白鳥よ!(Nun sei bedankt, mein lieber Schwan! )」にはほんとうに心がとろけるような陶酔を感じさせ、それはもうほとんど衝撃的と言ってもよいほど。

前シーズンまで、ウィーンでこのプロダクションで演じてきただけに何のよどみもなく完璧な歌唱と演技です。

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よかったのは、オルトルートのミカエラ・シュスターとフリードリヒのトーマス・ヨハネス・マイヤーのふたり。オルトルートの邪悪な奸婦ぶりと、権力に目がくらんで気迷いながら振りまわされて堕ちてゆく子悪党のフリードリヒ。第二幕はこのふたりの独壇場。もしこの第二幕の暗がりが充実していなければこの歌劇は成り立たない。単なる思い込みの激しいお嬢様の成田離婚みたいな話しになってしまう。音楽の充実ぶりとともにワーグナーの楽劇は長くなくてはワーグナーではないのだと思います。

シュスターはベテランの域にあるメッゾですが、その妖気に満ちた色気と圧倒的な声量で「タンホイザー」のヴェルヌスなどワーグナーやシュトラウス歌劇の敵役の奸婦にはぴったりなのではないでしょうか。トーマス・ヨハネス・マイヤーは、初台の新国立劇場でも「ヴォツェック」とか「アラベッラ」のマンドリカなど、そのたびに強い印象を残してくれたひと。その役どころを掘り下げた歌唱と演技によって、善人であれ悪人であれ決して通り一遍ではない人間の深層を見せてくれる。

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エルザのカミラ・ニュルンドはなかなかの美貌で華もあって人気スターの片鱗を見る思いがしますし、後半の悲劇的な破綻へと続く女の浅はかさをよく演じていました。ただし、第一幕での端から見れば狂女すれすれの純粋さ、夢を見ているかのようなはかなさが出にくくただただボンヤリしているだけ。バイロイトのアネッテ・ダッシュの天然っぽい危なさの魅力にはほど遠いものでした。

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演出には不満が残りました。

中世世界の英雄奇譚が、どこやらのオーストリアの田舎の寄り合いでの騒動みたいにひどく矮小化されてしまったような気にさせられてしまいます。ローエングリンの登場も、そういう田舎の群衆の後から白鳥のデコイのようなものを掲げて現れるという仕立てで、ちょっと情けない。

この演出で割を食ったのがハインリヒ王のヨン・グァンチョル。せいぜい村長さんぐらいの威厳しか出てこないのはちょっと気の毒な気がしました。バイロイトの悪名高きハンス・ノイエルフェルスによる演出の政治的なメッセージのアクの強さとは対極的だが、これほど存在意味のないドイツ王は他にいないだろう。

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ピットのオーケストラには文句のつけようがない。「トゥーランドット」も、前夜の「ボリス・ゴドノフ」もそうだったけれど、大編成のオーケストラはコンサートでのウィーン・フィルとはまた違った素晴らしさがあるし、とにかくよく鳴る。よく鳴るということではこの歌劇場もそう。ウィーンの歌劇場は意外にもスペクタクルがよく似合う。そう思いました。「トゥーランドット」と同じセンターの5列目という特上席でその響きを堪能できました。

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終演の大喝采は大変な盛り上がり。それもこれもサプライズのおかげなのだと思いました。昨夏のバイロイトでのフォークトが再びウィーンにも降臨して、大興奮に酔いしれた私たち夫婦は、この後、日本に帰ったらもう一度…と、たちまち新たな妄想に取り憑かれてしまったのでした。




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ウィーン国立歌劇場 ワーグナー「ローエングリン」
2016年5月10日(火) 17:30
ウィーン 国立歌劇場

Graeme Jenkins | Dirigent
Andreas Homoki | Regie
Wolfgang Gussmann | Ausstattung
Franck Evin | Licht
Werner Hintze | Dramaturgie

Kwangchul Youn | Heinrich der Vogler, deutscher Konig
Klaus Florian Vogt | Lohengrin
Camilla Nylund | Elsa von Brabant
Thomas Johannes Mayer | Friedrich von Telramund, brabantischer Graf
Michaela Schuster | Ortrud, seine Gemahlin
Adam Plachetka | Der Heerrufer des Konigs

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