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「ブックセラーズ・ダイアリー」(ショーン・バイセル著)読了 [読書]

著者は、スコットランドの地方都市ウィグタウンに生まれ、大学進学で町を離れたが帰省中に古本店を買い取らないかと声をかけられ衝動買いしてしまう。

ウィグタウンは、由緒ある歴史はあるが、ご多分に漏れず落ちぶれさびれた地方都市。著者は古書店主となったことをきっかけに書物の町としての「町おこし」にも身を投じる。おかげで、秋のブックフェスティバルは英国で一二を争う規模の大古書市として世界中から観光客を集めるまでとなり、閉鎖されていた醸造所も再開する。自身の店もいまや10万冊の在庫を擁するスコットランド最大の古書店となり、ネットを通じて世界中に知られるようになった。

本書は、そういう古書店の一日を綴った日記帳。その日の、ネット注文数や売上額、顧客数とともにごく短いエッセイが淡々と続くエッセイ集。そこには、陰気臭い教養人の鬱憤とか、高齢化が容赦なく進行するローカルコミュニティ社会、ネット社会となってますます生きづらくなった小売り商店主の毎日の生活が容赦なく活写されているが、いかにもイギリス人らしい辛辣な皮肉やひねくれたユーモアに満ちた人間観察ともなっている。

いくつかの章に分けられていて、短い日記をひとまとめにするような所感が、中エッセイとして挿入されている。その頭に、ジョージ・オーウェルの『本屋の思い出』からの抜粋が挿入されている。オーウェルは、1934年から36年まで執筆のかたわらハムステッドの書店でアルバイトで働いていたという。書店業ということへの愛憎に満ちた皮肉たっぷりのオーウェルの文章もこれまた面白い。

オーウェルの抜粋を読むと、書店の生業というものが今も昔も変わらないという感興とともに、やはり時代は確実に変化しているということにも思い当たる。本屋とか紙の書籍、それを取り巻く教養人というものの疲弊と衰退も着実に感じさせる。けれども、それらが少しも悲しくないのは、「衰退」というのは、時としてコミカルな悲劇でもあってとてつもなく愛おしいものでもあるからだ。

あくまでも気まぐれでつけ始めた備忘録。視点がごく主観的で、いわば独り言みたいなものだから会話描写に乏しい。そのことで、英国映画やBBCのTVドラマのように、具体的な失態や失言とかで笑わせたり、辛辣な皮肉の名ゼリフが丁々発止と飛び交うというわけにはいかないところが残念。

訳文はよくこなれている。

ただし、著者の相方、店員のニッキーの言葉づかいが性別不明なのが気になった。ニッキーという短名称が、男性(Nicholas)にも女性(Nicole)にも共通するのでややこしい。四十代後半で成人した息子二人の母親だということしかわからないが、なかなかのキャラクターで日記でも縦横無尽に活躍する。その言葉づかいがかなり男っぽいので読んでいて少なからず混乱する。訳者に何か意図があるのかは不明だが、正直言ってかなり煩わしくて興趣が半減した。

古書好きにはたまらないのかもしれないが、門外漢にはやや敷居が高い部分が少なからずあることもあらかじめ覚悟しておいた方がよいかも。



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ブックセラーズ・ダイアリー
 スコットランド最大の古書店の一年
(原題:The Diary of a Bookseller)
ショーン・バイセル 著
矢倉尚子 訳
白水社
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