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レインメーカー (真山 仁 著)読了 [読書]

「レインメーカー」とは、金を雨のように降らして訴訟で儲ける弁護士という意味。

急患の幼児が診療の甲斐無く死亡した。仕事に追われ多忙だった両親は自責と悲嘆にくれるが政界の有力者である祖父が強引に訴訟手続きを進めてしまう。引き受けたのは医療訴訟で辣腕をふるう野心満々の女弁護士。高飛車に記者会見を開き、マスコミを味方につけ耳目を集めようとする。訴えられた病院にはカルテ改ざんを企てた過去があったが、副理事長に就任した息子は経営を一新し、医師たちを守ろうと誠心誠意を尽くす。しかし、その裏には病院を高く売却しようという下心があった…。

題材の目の付け所はよいのだけれど、それにふさわしい内容になっていない。取材不足なのか描写や人物像や構成が浅くて杜撰で、プロットもわかりにくい。読んでいてフラストレーションが湧いてくるばかり。そのわりに結尾は見え見え。ウラにはさらにウラがあった式の無理などんでん返しも空振りに終わるだけ。

プロローグは、登場人物の紹介のつもりなのだろうが、本編とはまったく関係のないエピソードばかりでかえってわかりにくくさせている。人物の立ち位置や性格も不鮮明で、一貫してもどかしさが尾を引いた。

「訴訟から良心的な医師を守りたい」という主人公の被告側弁護士の立ち位置はわかるが、そういう正義にかける情熱のようなものが伝わらない。城郭巡りなどという冗長なエピソードを織り込む暇があったらもっと人格像を深掘りして欲しい。しょせん取材不足なのだ。法廷場面はまあまあ。

一方で原告側弁護士は、初めから負けるとわかって仕掛けたのか、負けても示談で和解金をせしめる悪辣弁護士なのか、あるいは政界出馬の踏み台として敗訴を利用しようとしたのか。本当に辣腕なのか、登場人物たちが言うように、単なる「バカ女」なのか、最後まで気を持たせるばかりで何もわからない。

「訴訟はかえって原告遺族を傷つける」「究明はかえって原告遺族の過失をさらけ出す」、濫訴によってかえって原告側も物心両面で深刻なダメージを受ける。利するのは弁護士ばかり。そういう理屈はわからないでもないが、最後はお定まりの嫁姑の憎悪と離婚届というのでは、深刻さは伝わらない。

医療訴訟や小児医療について啓発されるところ大だが、小説のつくりは安直。

この著者の小説を二度と読もうとは思わない。


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レインメーカー
真山 仁 著
幻冬舎
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「壬申の乱」(遠山美都男 著)再読 [読書]

王位継承をめぐっての古代史上最大の内乱。この乱は古代国家を完成に導いた画期的な事件と言われる。王位継承をめぐる争乱に終止符が打たれるのは持統朝まで持ち越されはするものの、天皇親政と律令国家が天武朝のもとに完成されていく。

その大乱の経緯を時系列的にドキュメンタリー風にたどった書。

25年ほど前に読んだ本ですが、天智朝をめぐる古代史を見直しているなかで再読してみました。歴史解釈というのは、なかなか定まりにくいものですが、史料に乏しい古代史ではなおのこと。そういうことをさておいてみて、「書紀」の記述から人物や戦乱の経緯をたどることはとても新鮮でした。

壬申の乱というものにはいくつかのターニングポイントがあります。史実はどうなのかとか、「書紀」は勝利者側が都合の良いように改ざんしたものだとかの歴史解釈を抜きにしてポイントのみをあげてみます。

1.内乱の発生
 これは、先に仕掛けたのはどちらか?という歴史解釈になってしまいがちだが、戦略論上も重要なポイント。

2.伊賀越え
 ほぼ丸裸の状態だった大海人皇子が伊賀を抜けて虎口を脱した。これを著者は、天王寺の変直後の家康の伊賀越えに例えている。伊賀は大友皇子の実母の出生地だから敵地そのもの。そこを無事に駆け抜けたということも家康のそれと相似させる。

3.高市皇子の近江大津宮脱出
 高市皇子は大海人皇子の実子。乱勃発時には近江大津宮の大友皇子陣営にいて軍議にも参加している。それが軍議の後にやすやすと手勢を率いて出奔し大海人皇子のもとに馳せ参じた。高市皇子は、全軍を総覧する立場を委ねられ大海人の勝利に多大な貢献をすることになる。

4.美濃・尾張の軍勢の掌握
 大海人側は、尾張で徴兵された2万の軍勢を麾下に編入することに成功する。もともと天智天皇山稜造営のために徴発されたものだから大海人軍による押収といえる。地方豪族の手兵に依存するのではなく、天智朝で実現した庚午年籍により中央権力による徴発が現実に機能したが、それを大海人側が横取りしたというわけだ。

5.倭古宮(旧・飛鳥京)の奪取
 大伴吹負は多分に猪突猛進のところがあったが僥倖もあって倭京を奪取。さらに幸運が続き近江軍の撃退にも成功し完全に奈良盆地を制圧し、その後、一度も近江側にこの地を渡すことがなかった。近江側は、東西交通の重要な要衝を失い、大和朝の伝統的な行政機能も喪失してしまう。


上記のなかでも4.が最大のポイントだったと思います。これで一気に軍事バランスが対等になってしまったからです。それだけ庚午年籍は画期的なものでした。もともとは律令国家を目指した天智朝の大きな一歩だったわけですし、白村江の敗北によって西国が疲弊し空白化していたなかで東国に温存された国力を徴用し国軍として運用するうえでのカギでしたから、それが結果として内乱において発動され、しかもそれが反乱軍を利することになったというのは皮肉でした。

歴史解釈については、著者の考えを聞くのもよし、あるいは批判的に読むのもよし、それは読者次第だと思います。時系列的に整理されて記紀からの現代訳抜粋を掲げていて歴史読み物としても面白く、年表や人物一覧も巻末にあって充実しています。

古代国家の歴史を知る上で、その最大の事件をつぶさに知る入門書としていまだに価値を失っていない名著です。


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壬申の乱
天皇誕生の神話と史実
遠山美都男 著
中公新書
タグ:遠山美都男
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新しい風が吹いた日 (斎藤優貴 ギター) [コンサート]

久しぶりにこのシリーズらしいフレッシュな感覚が戻ってきました。

このリサイタルコンサートもやはり延期なった公演の振り替え。斎藤優貴さんも、すでに数々の国際コンクールで賞をとっていて世界的に注目されているギタリスト。ただしドイツ・ワイマール留学中で滅多に日本に帰ってこない。

だから、会場にはかつて師事した先生や仲間、同級生たちがお祝いというのか応援というのか、とにかく、たくさん駆けつけている。ホワイエはさながら同窓会のようでもあり、客席にも若やいだ雰囲気がある。

だから、新しい風が吹き抜ける。

それが、若手演奏家の登竜門と言われてきた「明日への扉」シリーズの本来の魅力なんだと思います。

クラシックギターというのは、クラシック音楽のなかでは、少数民族みたいなものでしょうか。それだけに好きなひとにはディープな世界なのでしょうし、実際に楽器を手に取って演奏するファンも多いのでしょう。だから、ふだん聴いていないひとにとっては雰囲気が若い。そういうところも、この日のフレッシュな雰囲気の隠れた配剤なのかもしれません。

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プログラムには、スペイン、日本、ラテンアメリカと、エキゾチックなことがあたりまえという作曲家が並ぶ。大御所のソルなど、ギターの本場スペインの曲がとても正統的に聴けるのが不思議。日本人の現代作曲家がずらりと並ぶけれど、いかにもギターらしい曲想と技巧で、ことさらに奇をてらうようなジャポニズムは皆無。

休憩をはさんで、斎藤さん自身が編曲したドビュッシーとラヴェル。さすがによく知った曲が並んでいるのですが、どれもがまるでギターのほうがオリジナルかと思わせるほどでびっくり。「ゴリウォーグのケークウォーク」なんて、もうピアノでは聴けないかもしれない。「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、こうやってギターで聴いて初めてベラスケスの王女像が浮かび上がってきました。

最後は、ラテンアメリカの作曲家たち。

ギター愛好家にとってはあたりまえのレパートリーなのかもしれませんが、門外漢にとってはとても新鮮。ピアソラだってちょっと違って響きます。こういう世界は、一般的なクラシックファンにはとても新鮮に響くはず。そういうレパートリーの取り上げ方にも新しい世代が吹かせる風を感じます。それもこのシリーズの本来の姿であるはず。――個人的には、バリオスが気に入りました。

これで、振替公演はすべて実現したようです。次回の「第31回」からは、番号通りに順次若い人々が登場します。


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紀尾井 明日への扉28
斎藤優貴(ギター)
2022年3月4日(金) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階 7列3番)

斎藤優貴(ギター)

モレノ=トローバ:組曲《スペインの城》
  〈モンテマヨール〉、〈マンサナレス・エル・レアル〉、〈トリハ〉、〈レダバ〉
ソル:幻想曲第7番 op. 30
武満徹:すべては薄明の中で~第4曲
藤倉大:チャンス・モンスーン
藤元高輝:秋の三貫握り
鈴木大介:エチュード第9番〈誰もいない家〉

ドビュッシー/斎藤優貴:《子供の領分》
  小さな羊飼い&ゴリウォーグのケークウォーク
ラヴェル/斎藤優貴:前奏曲ホ短調&亡き王女のためのパヴァーヌ
バリオス:ワルツ第3番&第4番
ピアソラ:ギターのための5つの小品~ロマンティコ&コンパードレ
ブローウェル:魔法の守護者たち

(アンコール)
斎藤優貴:海(紀尾井ヴァージョン)
バリオス:過ぎ去りしトレモロ
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