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「政治少年死す(「セヴンティーン」第二部)」(大江健三郎 著)読了 [読書]

浅沼稲次郎社会党党首(当時)が、右翼少年によって刺殺された直後に「文學界」で発表されて以来、再刊されることのなかった小説。
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右翼から脅迫された出版社は謝罪文を掲載し、以後は数十年にわたり書籍化されることもなく、図書館でも当該号が欠番となっていたり頁が引きちぎられていたりと、目を通す機会さえ奪われた。
再刊のきっかけはドイツだった。
ベルリン自由大学の修士課程の院生が、原作とそのドイツ語訳を主要部分とする修士論文を提出した。それが掲載された論文集を出版するにあたり、大江健三郎に許可を求めたところ意外にもあっさりと許可が出る。それを基に校正されたドイツ語訳文が刊行され、ドイツ語圏では、「55年後の大発見!」と、直ちに大きな反響を呼んだ。禁断の書は、ドイツの日本研究から再び光を浴びることになったという訳だ。
既読の「セヴンティーン」から読み返してみると、確かにこの二編はひと続きになっていて二部構成で中編小説を成している。
「セヴンティーン」の執筆時には、実は浅沼暗殺事件はまだ起きていなかった。大江は「オナニストからテロリストへ」という《少年の独白》の筋書きを執筆中に、想像が現実として的中してしまう衝撃に襲われたことになる。雑誌掲載の締め切りが、この小説を第一部と第二部に分けてしまったのだろう。
大江自身、この小説には強いこだわりがあったようだ。小説の最終章は衝撃的だが、それはそっくりそのままエッセイ集「厳粛な綱渡り」に詩文として引用されている。そのことに、当時の私はほとんど気がついていなかった。元の小説が禁書になっていたのだから仕方のないことだろう。
第二部の「政治少年死す」は、それだけに実際の事件をなぞるような外形的な性格を強めることになる。それがスキャンダルを呼び込むことにもなったし、第一部をそれなりに評価した江藤淳からは酷評されることにもなる。けれども実際に読んでみるとその独白は第一部よりもはるかに狂気の度を高めている。
ドイツで大きな反響を呼び、大江の初期作品に再評価の光が当てられたのは、不幸な若者らが超国家的な政治思想、一神教の教えに殉じていくというテロリズムの時代を予見していたと見るからだろう。しかも、そういう経脈は、まだ思想以前の、性の衝動につき動かされる青少年には当たり前のように備わっているものなのだ。
政治的には明らかに左派として振る舞ってきた大江がこの小説を書いた動機は不可思議かもしれない。しかし、大江には天皇を嘲弄する気は毛頭ないと証言している。非政治の小説への反映には、むしろ「超国家的」なものへの束縛がある。「超国家的」なものとは大江の場合、天皇制のことだと断定できる。それは、日本という国、国民が抱えている桎梏でもあると言える。
ドイツ人研究者たちが言うように、ノーベル賞作家・大江健三郎の初期作品は、今こそ読み返されるべきであって、その中にこの「セヴンティーン」二部作は必ず入るべきなのだろう。
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大江健三郎全小説 第3巻
講談社


タグ:大江健三郎
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