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若いクァルテット、シューベルトに挑戦する(プロジェクトQトライアルコンサート) [コンサート]

プロジェクトQというのは、若いクァルテットの発掘と育成を目的としたクァルテット振興運動。

トップオーケストラのメンバーも、どんどんと積極的に室内楽アンサンブルに参画するようになりました。副業奨励の働き方改革の先鞭をつけるような音楽界の動きでしたが、ウィーン・フィルなどは古くからそういう仕組みがあって、室内楽でアンサンブルを磨き音楽性を高められると、むしろ奨励されてきたこと。ついにその潮流は若いひとたちの育成現場にも及んできたというわけです。

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参加する若いクァルテットは、「マスタークラス」を受講し、本公演の1か月前に「トライアル・コンサート」を経験した上で「本公演」に臨むという3つのプログラムを通し、約半年間で1つの作品に向き合う。私たちは、そのひとつひとつに聴衆として、つぶさに接することができるという仕組み。

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会場は、東京音楽大学の中目黒・代官山キャンパス。池袋キャンパスは、何度かマスタークラスなどに出かけていますが、こちらは初めて。池袋と同じようにとてもモダンな建物で建築関係の賞ももらっている。

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音楽ホールも、池袋に負けず素晴らしいホール。どちらも街中の音楽ホールもたじたじといった本格的なものですが、こちらは木組みのデザインがアイキャッチの素敵な内装。見るからに音は良さそう。座ったとたんに音楽に集中できる――そういうクリーンな響きのホールです。

1組目のクァルテット・テネラメンテは、若いシューベルトの第9番。

古典美のなかにロマンチックな情感の新鮮極まりない萌芽を見せるト短調のクァルテット。とても真摯な取り組みで繊細。しっかりとした構成美はとても安定しています。古典形式にしきりに現れる、繰り返しや回帰、回顧のシーンでもたらされる心理的な効果をどう追求するかが課題なのかもしれません。

2組目のクァルテット・アンジェリカは、定番中の定番「死と乙女」に挑戦。

アンサンブルが見事。第一ヴァイオリンの遠藤望名さんがちょっとハンパない。彼女をリーダーに、他の3人は2連、3連となって寄り添い、時に対峙して絡みつく。ヴィオラの細田菜々美さんもかっこいい。大学生・高校生の混交アンサンブルとは思えないレベルの高さで、シューベルトのリリシズムを歌い上げる。

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ちょっと気になったのは、椅子の配置。

両グループとも共通の椅子で、あらかじめステージにバミってあるようで定位置なのですが、演奏前に微妙に位置取りを調整するので、少し違ってきます。

ただ、共通で気になるのは、チェロがまったく横を向いてしまうこと。

写真を撮れないので、イメージを図にしてみました。

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クァルテット・テネラメンテは、中央の第二ヴァイオリンとヴィオラは正面を向き、両脇の第一ヴァイオリンとチェロを相対する。四角四面の配置ですが、ヴァイオリンはまだしもチェロの面が完全に横を向いてしまう。

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クァルテット・アンジェリカは、さらに中央の二人がやや左の第一ヴァイオリンに寄っていて、しかもわずかにそちらを向く。右のチェロがやや取り残される格好ですが、チェロがさらにヴァイオリン側を向くので真横以上に内側向きになってしまいます。

音響面でもヴィジュアルな面でも好ましいとは思えません。特に「死と乙女」では、チェロが活躍する場面が多いので、ここは配慮してほしいところです。

こういうステージでの位置取りとか、ホール音響の確認などは、こうした演奏チャンスがなければ実感できることは少ない。マスタークラスから試演まで一貫した本格指導を受けられるのはすごいことなので、3月3日の本番までの仕上げが楽しみです。


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プロジェクトQ・第21章
若いクァルテット、シューベルトに挑戦する
トライアル・コンサート 〈第1日〉
2024年2月10日(土)15:00
東京・中目黒 東京音楽大学 中目黒・代官山キャンパス TCMホール

クァルテット・テネラメンテ
[米岡結姫/佐久間基就(Vn)島 英恵(Va)金 叙賢(Vc)]

シューベルト:弦楽四重奏曲第9番ト短調 D.173


クァルテット・アンジェリカ
[遠藤望名/渡邉響子(Vn)細田菜々美(Va)森 朝美(Vc)]

シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D.810「死と乙女」

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「新鋭とベテラン」 (清水和音の名曲ラウンジ) [コンサート]

このシリーズの楽しみは、そのフレッシュな顔ぶれと、昼前の1時間という気楽さにもかかわらずそうそうたるメンバーによる本気の演奏。

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今回は、そういう新鋭とベテランによるコンビネーション。

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ヴァイオリンの石川未央さんは、桐朋学園の特待生4年生。実は、ヴァイオリンとピアノの両刀遣いで、ピアノの方は本科生で清水和音さんの生徒さんなんだとか。ピアノレッスンにはヴァイオリン持参で、ヒマさえあればこちょこちょとそっちを弄ってばかりだとは先生の清水さんの弁。

クライスラーの3曲は、それぞれのキャラクターを弾き分ける。小柄ながらもなかなかに力強い。

メインは、ブラームスのピアノ五重奏曲。

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第一ヴァイオリンは、大江肇さん。新鋭と言っても、昨年、神奈川フィルのコンサートマスターに就任。大人気の首席ソロ・コンサートマスターの石田泰尚さんと、堂々とタッグを組むというわけだから、こちらは厳然たるプロ。

石川さんは、重鎮のの佐々木亮さん、辻本玲さんにはさまれるようにして、ちょっと窮屈そう。それでものびのびと、ブラームスの交響的掛け合いに積極的に参加。ブラームスの労作とはいえ、吉田秀和をして「通俗的なくらいに有名な作品」と言わしめた室内合奏曲。ブラームスの重々しい重奏のなかに押し込められるので、どうしても石川さんのヴァイオリンは埋没してしまいがち。

才能に恵まれて、場慣れしているようでも、クライスラーやトークでもちょっと緊張している様子。子供の頃から並外れた才能を発揮し、ヴァイオリンもピアノも弾けるマルチタレントというのは、若いうちだからこそのちょっと出来過ぎの部分もあって、それだけに慣れた振る舞いを装えば装うほど印象が薄まりがち。クライスラーのポピュラー名曲というありきたりのお披露目もちょっと何だかなぁ…という感じ。

フレッシュな若手をどんどんと押し出したいという清水さんの趣意には大いに賛同するけれど、リラックスした雰囲気作りも大事だし、もう少しご本人のキャラを引き出すようなステージやプログラムの工夫があってもよいかなと思いました。

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芸劇ブランチコンサート
清水和音の名曲ラウンジ
第46回「新鋭とベテラン」
2024年2月7日(水) 11:00~
東京・池袋 東京芸術劇場コンサートホール
(1階M列18番)

クライスラー:「美しきロスマリン」「愛の悲しみ」「愛の喜び」
石川未央(Vn) 清水和音(Pf)

ブラームス:ピアノ五重奏曲 ヘ短調作品34
大江馨(Vn) 石川未央(Vn)佐々木亮(Va) 辻本玲(Vc) 清水和音(Pf)

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誠実と清新 (札幌交響楽団東京公演) [コンサート]

札幌交響楽団を聴くのは初めて。ほんとうなら本拠地のあのKitaraで聴いてみたかったけれど、せっかくの機会を逃すことはありません。しかも、ポストリッジのブリテンも聴ける!

ブリテンの「セレナード」は、ブリテンのパートナーのピアーズと天才ブレインの存在無くしては成立しなかったでしょう。だから武満徹の「ノーヴェンバー・ステップス」のようにソリストを限定してしまうようなところがあります。現役となると、ポストリッジということにほぼ固定してしまいます。

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私は2006年の水戸で聴いたきり。ずいぶんと前のことになりますが、もちろんその時もポストリッジ。ホルンはラデグ・バボラーク、指揮者は準・メルクル。同じ頃にリリースされたラトル/ベルリン・フィルのCDを上回る感動を受けました。

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そのポストリッジによる再体験というわけですが、前回をさらに上回る感動でした。大ホールにもかかわらず声量は透徹するように響き、発音も明瞭そのもの。アレグリーニはもちろん初体験ですが、バボラークとはまた違ったコントロー力ルの高さで、その音色や質感の生々しさ、音楽的な心象描写の深みという点ではバボラークの名人芸を上回るような気さえします。

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8-6-6-4-2と編成を絞った弦楽オーケストラの響きは、二人のソロと十分に対等に渡りあうもので、その清透な響きは冴え冴えとしていて、ブリテンの曲調をよく表現しています。

曲の絶頂は、第4曲の《エレジー》でしょう。何ともまがまがしい詩の投げつけるような語感が見事で、ホルンのゲシュトップやグリッサンドなどの特殊奏法に息を呑む思いがします。続く《哀悼歌》の古風な英語や素朴な曲調はどこか時空の圏外に出てしまったような魂の孤独を感じさせ、徐々に深暁の果てへと漂っていきます。最後のエピローグでの舞台裏からのホルンは、ホールのアコースティックが悪くて少し残念でしたが、余韻は見事でした。

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後半はブルックナー。

なかなか演奏される機会は少ない第6番ですが、その理由はやはり曲想がぎこちなく、オーケストレーションにもどこか和声的な洗練が不足するところがあるからでしょうか。その分、最もブルックナー的な深遠さがあるとも言えます。

第一楽章の羽毛が跳ね散るような音型の開始と、それに続く猛々しい金管のユニゾンからして、どこか分裂気味に感じます。ブルックナーは教会のような長く尾を引く残響まみれのアコースティックを前提に作曲しているようなところがあって、あの《ブルックナー休止》もそうでなければ納まりがつかないという気がします。この6番は、その休止も封印していて訥々と音が連なっていく。そういうブルックナーにとても誠実に寄り添い、ありのままに音を積み上げていく。そういう気質は、このオーケストラの本来の美質なのか、あるいは、指揮者のバーメルトの本性なのか、いずれにしても使い古された外連味とか骨董趣味とは無縁の、丁寧に手間をかけて磨き上げられた清新なブルックナーです。

その美質は、特に第2楽章のアダージョに現れます。ブリテンで聴いたことと同じような透明感、分離の良さ、――そこには、虚飾のない無垢の真情を感じさせます。続くスケルツォ楽章の何と潔いこと。そして、終楽章の大団円なのですが、そこには短い簡素な章句を次々に接合していく、ミニマルなものを組み上げた壮大な仏塔のよう。音響の融合、和声のピラミッド…といったブルックナーのステレオタイプとはまったく違った装飾的な建築意匠を思わせる構造の新鮮さを覚えるほど。それもこれも、楽曲に対してどこまでも誠実さを貫き通す演奏姿勢がもたらしてくれたものだと思うのです。

指揮者のバーメルトは、6年の長き首席指揮者の任を退くことになっていてこの公演が最後とのこと。初めて聴いたのに、その退任を惜しむ気持ちで胸が一杯になるのが不思議な気がしました。




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札幌交響楽団
東京公演2024
2024年1月31日 19:00
東京・赤坂 サントリーホール
(1階5列30番)

指揮:マティアス・バーメルト
テノール:イアン・ポストリッジ
ホルン:アレッシオ・アレグリーニ
コンサートマスター:田島高宏

ブリテン:セレナード~テノール、ホルンと弦楽のための

ブルックナー:交響曲第6番イ長調 WAB106

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ネオロマンチシズム (エスメ四重奏団) [コンサート]

都響とジョン・アダムスとの共演も話題になっているようですが、本来のクァルテットでも素晴らしい演奏でした。近年希に見る新しい演奏スタイルで久しぶりに心が沸き立ちました。

2年前の来日公演がNHKで放送されていて、それを聴いて素晴らしかったのでこれは聴き逃せないとあわててチケットを買いました。この公演にはリゲティもプログラムにあって、昨年のリゲティ・イヤーでの予習の際にもFMエアチェック音源を繰り返し聴いていました。

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当時は、オリジナルメンバーで、ケルンに留学していた韓国人女性だけの4人。ところが、昨年4月に、ヴィオラのキム・ジウォンに代わり、ベルギー出身のディミトリ・ムラトが新たに加入。同一文化・同一ジェンダーという二重の同一性のいずれもが解消されてしまいます。今回はその新メンバーでの初来日。ところが、このクァルテットの美質・特質はさらに磨かれ、むしろ、かえって生来の《同一性・同調性》が生々しいまでに進化している。そのことに驚きを抑えきれません。

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プログラム最初のハイドン。最初の印象はイメージ通り。音色は明るく、響きは軽快で華がある。音の線は出だしこそザラついていたけれど次第に光沢の滑らかさが増してくる。第一楽章は、そうやって軽妙に始まり、小粋な終わり方をする。まさに、貴女のご挨拶といった雰囲気が楽しい。

アンサンブルは驚くほど正確で、そこから個々の線がくっきりと浮かび上がり、飛び出してくる。小鳥のさえずりが絶えず聞こえくるような華やぎがあって、まるで鳥の楽園。ハイドンであって古典派の厳めしさとか鈍重さがまるでない。ハイドンにこんな洒落た曲があったのかという驚きを覚えるほど。それでいて19世紀末のウィーンの洗練が馥郁と薫り、21世紀の私たちの夢と憧憬を存分に満たしてくれる。

けれども、新しい出逢いともいうべき衝撃は、二曲目のファニー・メンデルスゾーンの方がもっと大きかった。

このファニー・ヘンゼルとかクララ・シューマンとか、その当時の社会に封じ込まれたままになっていたジェンダーが表に噴き出してきたのは、今世紀になってからでしょうか。この弦楽四重奏曲も初体験です。

封じ込められてしまう圧力があったからこその抗力なのでしょうか、その才気のほとばしるような自由奔放さは、時代をはるかに先取りしてしまっていて、その飛躍の歩幅は前期ロマン派の古典的均衡に滞留していた弟のフェリックスを超えてしまっている。まるで初期のシェーンベルクやウェーベルンのような濃厚なネオロマンチシズムを連想させるほどです。しかも、そのフレージングやアーティキュレーションに美麗なグルーブ感があります。終楽章のロンドでは、第一ヴァイオリンのペ・ウォンヒを先頭に、攻める、攻める。

いったい後半のベートーヴェンはどうなってしまうのか――20分の休憩の間も前半の火照りがなかなか収まりません。

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そのベートーヴェンには、あっと驚かされました。

ハイドンの21世紀的ウィーンの洗練と洒脱さと、ファニー・ヘンゼルのネオロマンチシズムがそのまま渾然となって大作へと拡張されたかのようなベートーヴェン。これは事件だと思いました。私たちのベートーヴェンへの固定観念があっという間に洗い流されてしまいます。

13番作品130の弦楽四重奏曲は、3つとか4とか複数の楽章を持った古典派の曲というよりも、“6つの作品”というのに近い。舞曲的要素もあるけどバッハの時代の“組曲”というよりも、これも新ウィーン楽派が好んだ自由で多様な様式や意匠の連作作品のように思えてきます。そう思わせるのは彼女たちが確信犯だからではないかとさえ思うのです。

冒頭楽章の第一ヴァイオリンの奔放なこと。それに付き随う他のパートはまるで黒子たち。続くスケルツォの凄まじいアジリティによる傲慢なまでの諧謔。アンダンテのアンサンブルはとても視覚的で、モダンバレエでも見ているような気さえします。レントラーは、何ともいえないクリーミーなアーティキュレーションの音楽造形に目が醒める思いがします。

そしてカヴァティーナ。ペ・ウォンヒのヴァイオリンは、本当に美しい光沢を持った滑らかな絹糸の美しさでありながら、金属ワイヤーのように強くて直截。上げ下げ、押し引きのボウイングが実に精緻に考え抜かれていて、ペの音色、フレージングそのままにアンサンブル全体が同調し呼応していくのは、本当に見事なまでのグルーヴィな美しさ。無我の陶酔に酔いしれる思いがします。

ベートーヴェンが考えたオリジナル通りに、最終曲にはあの壮大な「大フーガ」が置かれますが、これがもう圧巻。

難解なフーガというよりも、それは超越的な官能の世界。激しい動き、動的な情感は4人の奏者のそれぞれの自在のままで、それが激しく交錯しながら凄まじいまでの非同調と同調の交代が続いていく。時おりいったん英気を養うかのように静まりますが、音楽の流れは、前へ前へと進み振り返ることがありません。ジェットコースターにでも乗っているかのように上下左右の加速度で気持ちが揺すぶられながらもどんどんと高揚していきます。

こんな難曲の演奏を、ドイツのど真ん中でアジア人女性のクァルテットが一気呵成にやってのければ、ドイツ人もさぞかし驚いたはずです。4人も快心の笑みをたたえて、鳴り止まぬ満場の拍手に何度も満足げに応えていました。




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クァルテットの饗宴2023
エスメ四重奏団
2024年1月21日(日) 14:00

エスメ四重奏団 Esme Quartet
ペ・ウォンヒ(第1ヴァイオリン)Wonhee Bae, violin I
ハ・ユナ(第2ヴァイオリン)Yuna Ha, violin II
ディミトリ・ムラト(ヴィオラ) Dimitri Murrath, viola
ホ・イェウン(チェロ)Yeeun Heo, cello

ハイドン:
弦楽四重奏曲第41(29)番ト長調 op.33-5, Hob.III:41《ご機嫌いかが》
ファニー・メンデルスゾーン:
弦楽四重奏曲変ホ長調

ベートーヴェン:
弦楽四重奏曲第13番変ロ長調 op.130(終楽章:大フーガ変ロ長調 op.133)

(アンコール)
シューマン:トロイメロイ

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たっぷりとした情感 (辻本 玲-名曲リサイタル・サロン) [コンサート]

辻本 玲さんは、言わずと知れたN響のトップ。これまでも何度も聴いているけれど、よくよく振り返ってみるとソロで聴くのは初めて。とにかく上手で何でもこなすので、臨時編成のアンサンブルにも引っ張りだこ。東京・春音楽祭のベンジャミン・ブリテンシリーズでは、常連メンバー。チェロ・コンチェルトでは、ソロばかりか解説にも付き合ってそのタフネスぶりも発揮されていました。

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最初のバッハのプレリュードからしてすっかり引き込まれてしまいます。この日は、今年の初日ということもあってかほぼ満席。その聴衆が静まりかえって集中しているのが伝わってきます。

使用楽器はストラディヴァリウス(1730年製)で、少し浅めの色合いですが、これがまさに飴色の滑らかでよく歌うテナー。その豊かで泰然とした音色を聴くと、やっぱりチェロは体格で弾くものかなと思ってしまいます。

フランクのチェロ・ソナタは、これも言わずと知れたヴァイオリンの名曲。チェロでもよく弾かれるし、池松宏さんみたいにコントラバスでも弾いてしまう名曲中の名曲。その堂々とした風格で浪々と歌われると、まさに魂を持っていかれてしまいます。チェロは、指の移動距離が長くてそれだけヴァイオリンよりも難しいのですが、その分、音符から音符への間に様々なニュアンスの変化がつけられる。そのフレージングの舌を巻くほどの巧さに次第に心が揺さぶられていきます。

第一部が情熱の絶頂で終わると、曲の途中にもかかわらず会場からは思わず拍手の嵐が。本当に思わず拍手したくなるほどで、私もつられて拍手してしまいました。何やら行儀作法にうるさい東京の聴衆ではとても珍しいハプニング拍手ですが、それは心からのもので何の違和感もありません。

辻本さんがにこやかに会釈するとすぐに拍手は収まり、ファンタジーにあふれた第二部が始まります。循環主題がよみがえってきて全体を締めくくると、ここで本格的な拍手喝采。

ナビゲーターの八塩圭子さんとは、焼き肉の話しで大盛り上がり。体格こそ朗々たるチェロの音色の源泉ということで納得ですが、意外だったのはピアノの吉武 優さんまで肉好きということで、話しは肉ずくめ。

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吉武さんは初めて聴きましたが、辻さんと息もぴったり。フランクでも実に熱い情熱のピアノで、今回が初めての共演ということに二度びっくり。プログラム最後のピアソラでは、互いにアクロバチックな技巧を凝らしての快演でした。

アンコールは、ラフマニノフのヴォカリーズ。チェロのアンコールピースとして超有名で何度も聴いていますが、これは最高の演奏でした。一番好きなハインリッヒ・シフが頭に浮かんできますが、それがリアルで眼前で聴かせてくれるのですからそれ以上の至福。陶然とさせられました。

いま、日本人最高のチェリストだと、帰り道では思わずのため息ばかりでした。


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芸劇ブランチコンサート
名曲リサイタル・サロン
第28回 辻本 玲
2024年1月17日(水) 11:00~
東京・池袋 東京芸術劇場コンサートホール
(1階M列17番)

辻本 玲 (チェロ)
吉武 優(ピアノ)

八塩圭子(ナビゲーター)


J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番より プレリュード
フランク:チェロ・ソナタ
ピアソラ:ル・グランタンゴ

(アンコール)
ラフマニノフ:ヴォカリーズ
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ミュンヘン・フィル コンサートマスター就任記念(青木尚佳@紀尾井ホール) [コンサート]

紀尾井レジデント・シリーズ第3弾に青木尚佳が登場。

その青木さん、演奏後のスピーチで「え~、いろいろありまして…」と、ここに至るまでのことを思って感無量の様子。それでも、ちょっとはにかんだような笑みを漏らすだけでほとんど何も語りません。

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実は、紀尾井ホールは初めてではない。昨年春、紀尾井ホール室内管弦楽団の首席指揮者に就任したトレヴァー・ピノックの就任記念コンサートが、ピノックの来日中止という危機にあって、プログラムが急遽変更。突然に指名されてベートーヴェンの協奏曲を弾いたのが紀尾井ホール・デビューでした。それはまさにミュンヘン・フィル コンサートマスター正式就任の翌月のことだったのです。

ミュンヘン・フィルのオーディションを受けたのは2020年秋。その年の春、ミュンヘン音楽大学でアナ・チュマチェンコに師事していた学生生活も終わろうとしていた頃――コロナ禍で予定が全部キャンセルになって今後に悩んでいたことがきっかけだという。

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その時、キャンセルになった東京での公演のプログラムが今回のイザイの無伴奏ソナタ全6曲。そもそも、無伴奏でのソロ・リサイタル自体が初めて。先輩に聞くと「孤独」だけど、その一方でとても「自由」なんだと言う。やってみたら、「客席からの力ももらって…無事に演奏できました」と、晴れ晴れとした笑顔。

――というのが、「いろいろあった」ことのおおよその中身なんだと思います。

このイザイには万感の思いが込められている。相当の準備もしてきたに違いない。そのことで、この曲の演奏を従来のものとは次元の違う高みへと導くことになったのではないでしょうか。以前は、超難技巧曲として取り上げられることが少なかった曲ですが、近年、コンクールの課題曲として常連となったことから若い演奏家が、リサイタルやデビューCDなどで盛んに取り上げる。青木さんの演奏は、そういうアクロバチックな技巧曲とはまったく次元を異にする。

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第1曲目のソナタは、まさにバッハへのオマージュ。当時、バッハの無伴奏を盛んに演奏していたシゲティに献呈されています。二重のオマージュになっている。その分、ちょっと重たいプログラムの開始になりましたが、6曲のソナタへの思いが揺るぎないものであることを宣誓するかのような演奏です。

2曲目のソナタは、ジャック・ティボーに献呈された曲。循環主題的に「怒りの日」が奏されて、激情と苦衷、諦観のような感情が入り乱れる。第1番と同じく対位法的な重音奏法を駆使するが、ほの暗い不気味さを湛えた終末的な「怒り」のテーマがそこかしこに浮かび上がる。

第3番のソナタは、「バラード」と題されてジョルジュ・エネスコの捧げられた。並行的な重音奏法や複数弦を使った激しいアルペジオを駆使して、前半を締めくくる総括的なドラマを展開する。その雄弁さは、技巧の披瀝や顕示のはるか上を行く。

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後半も、律儀に番号順で進みます。けれども青木さんの演奏を聴いていて、第4番からの3曲はその性格を変えていることに気がつきました。バッハと同じ6曲の連作ですが、全てを「ソナタ」と称しています。でも、後半グループは明らかに舞曲的で、つまりは「パルティータ」を踏まえたもの。

現に、もっとも単独で取り上げられることの多い第4番は、「アルマンド」「サラバンド」、速いブーレ風の「終曲」と擬古的な構成を取っています。こうした舞曲的で、闊達なリズムが主導する演奏に客席も重石が取れたように一気に華やぎます。クライスラーへの献呈ということがなるほどと思わせるような典雅な雰囲気。そういう弾き分けがとても鮮やか。

第5番は、後半の3曲のなかでも最もリズムの複雑さが際立ちます。左手ピッチカートを駆使してのリズムの交代、目眩くアルペジオによる複リズム的な曲想は、いわばリズムの重音奏法と言ってもよいほど。場面を変えて二曲目の5拍子という変拍子の民俗的な舞踏も跳躍的な重音がアクロバチック。基本的に単旋律の楽器であるヴァイオリンにはとてつもないリズム感と技術を要求するのだと思いますが、青木さんは実に見事なグルーブ感で一気呵成に終曲となります。凄いと思ったのは、その運弓、運指の見事さ。まったく無駄がなく、タメを作って見得を切るようなリズムの中段もない。その演奏の視覚的な美技に思わず見とれてしまうほど。

掉尾を飾る第6番は、文字通り全6曲のファイナル。フィギュアスケートの連続ジャンプやステップシークェンスを見るかのような技の連続。あっけにとられるような高揚感。フィニッシュで大きく弓を振り上げ、快心の笑みをたたえる青木さんは本当に楽しそうでした。

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これだけの演奏を追体験するような全曲版のメディアはほとんどありません。この演奏に匹敵できるのは、ごく最近リリースされた、ヒラリー・ハーンの録音ぐらいしかないと思います。まさにこのソナタ6曲演奏の新時代。こんな演奏を目の当たりにすると、バッハ無伴奏の演奏も今後は進化・深化していくのではないでしょうか?




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紀尾井レジデント・シリーズ Ⅲ
青木尚佳(ヴァイオリン)(第1回)
2023年12月21日(木) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階7列13番)

青木尚佳(ヴァイオリン)
使用楽器:アントニオ・ストラディヴァリウス(1713年製"Rodewald")

イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ op.27(全曲)
第1番ト短調
第2番イ短調
第3番ニ短調〈バラード〉

第4番ホ短調
第5番ト長調
第6番ホ長調

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三浦友理枝 ドビュッシー・ピアノ作品全曲演奏会 第3回 [コンサート]

三浦友理枝さんのドビュッシー・ピアノ作品全曲演奏の第3回。

前回が昨年の1月でした。2年近く間が空いたのは、ホールの天井耐震化工事が入ったためです。コロナ禍などもあってとてもゆっくりとしたペースの全曲演奏。三浦さんは、おかげさまでじっくりとドビュッシーに向き合うことができますと言っています。その言葉がとても真摯に胸を打つ。そんなリサイタルでした。

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演奏の前のトーク。いつものようにとてもシックな色合いのワンピース。花柄が可愛い。今回は、前奏曲全2巻を通しで演奏する。言ってみればドビュッシーのピアノ曲の本丸天守閣。12曲ずつの演奏なので、最初に概括的な解説だけで、曲毎の解説は、手元のプログラムを見てほしいとのこと。

ドビュッシーの前奏曲は、バッハやショパン、ラフマニノフのように12音の長短調を順番に網羅したものではない。いってみれば、散文詩を一冊に綴じた詩集のようなもの。三浦さんは、それを暗譜で弾くのは大変だったという。曲順の前後に脈絡が無いので、次は何だったかしらと不安になるという。

実は、そのことは聴く方も同じ。漫然と聴いていると、いつの間にか自分がどこにいるのかわからなくなってしまいます。睡魔が襲うことも…。このシリーズは、1曲毎に三浦さんのトークが入るのでプログラムはいたって簡素。今回は通しの演奏なので、プログラムには1曲毎に2行だけの説明がついている。見開きの一覧はページもめくる必要もなく静かに鑑賞できて、それを曲毎にちらりと確認できるので集中が途切れません。とても気の利いた配慮です。

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しかも、久々に2階バルコニー席は、ちょうど鍵盤を見下ろすような絶好の位置。三浦さんの鍵盤上の指先を目で追いながら耳で音を聴く。そういう直感のおかげもあってドビュッシーを堪能しました。そして、天井の高いこのホールのバルコニー席の音の良さを、あらためて実感することもできました。

三浦さんのドビュッシーは、ハーモニーもリズムも、とても明解。前奏曲は、標題そのものがとても詩的。パリ万博、第一次世界大戦前夜のベル・エポックの時代背景もあって異国趣味が馥郁と薫るドビュッシーの音楽は、印象派という絵画的なものよりも、絵はがきの文面に詩文を綴ったような文学的な音楽。三浦さんはペダルを重用せずに響きを濁らさず、音色や拍節のモビリティを、穏やかに、しかも、とても艶やかに奏でていく。こういうドビュッシーは、そのピアニズムがとてもわかりやすくて、心地が良い。

三浦さんによれば、しばしば現れる三段譜も二本の腕でどうやって弾くんだと思うけれど、高中低の音域の弾きわけが明解になりかえって弾きやすいとのこと。これは目からウロコ。「沈める寺」は三段譜ではないのですが、これもよく見るととても三段譜的。浮かび上がった大聖堂の梵鐘の響きのような鍵盤最低音側の左手の動きなど鍵盤上の三浦さんの手を見ていると本当に明解です。「霧」での右の黒鍵と左の白鍵の両手の交錯とその白濁したような響きなど全身で感じるような感覚です。

そうした♭や♯だらけの音調と正音とを交錯させる手法はストラヴィンスキーとの交遊から得たそうですが、なるほど「花火」の冒頭は、花火そのものではなくてパリ祭の雑踏の人の頭だったのかと初めて納得しました。以前に聴いたメルニコフの手指の動きのすさまじさはまるで回転花火のようでしたが、三浦さんの演奏を聴くと、ここはなるほど「ペトルーシュカ」の市場の場面と同じでパリ祭の群衆の喧噪なんですね。その目もくらむような速さの手の動きの鮮やかさはメルニコフに負けていませんが、とても流麗。

三浦さんの技巧技術は、よく練られていて合理的で円滑。しっかりと安定しています。だからとても明晰明解な音と響きがします。第Ⅱ巻ではどんどんと前衛の面持ちを色濃くするのですが、そのドビュッシーがとたんにわかりやすくなって、とても楽しかった。ドビュッシーの音楽に向き合い、時間をかけてじっくりと準備してきた成果なんだと思うのです。

だから、次回もとても楽しみ。その予定はまだ未定なのだそうです。




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土曜マチネシリーズ 第4回
三浦友理枝
ドビュッシー・ピアノ作品全曲演奏会 第3回(全4回)

2023年12月16日(土) 17:00


ドビュッシー:
前奏曲集 第Ⅰ巻
1. デルフィの舞姫 - Danseuses de Delphes
2. ヴェール(帆) - Voiles
3. 野を渡る風 - Le vent dans la plaine
4. 夕べの大気に漂う音と香り
   - Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir
5. アナカプリの丘 - Les collines d'Anacapri
6. 雪の上の足跡 - Des pas sur la neige
7. 西風の見たもの - Ce qu'a vu le vent d'ouest
8. 亜麻色の髪の乙女 - La fille aux cheveux de lin
9. とだえたセレナード - La serenade interrompue
10. 沈める寺 - La cathedrale engloutie
11. パックの踊り - La danse de Puck
12. ミンストレル - Minstrels


前奏曲集 第Ⅱ巻
1. 霧 - Brouillards
2. 枯葉 - Feuilles mortes
3. ヴィーノの門 - La Puerta del Vino
4. 妖精たちはあでやかな踊り子 - Les Fees sont d'exquises danseuses
5. ヒース - Bruyeres
6. 奇人ラヴィーヌ将軍 - General Lavine - excentrique
7. 月の光が降り注ぐテラス - La terrasse des audiences du clair de lune
8. 水の精 - Ondine
9. ピクウィック殿をたたえて - Hommage a S. Pickwick Esq. P.P.M.P.C.
10. カノープ - Canope
11. 交代する三度 - Les tierces alternees
12. 花火 - Feux d'artifice
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アイドル・クァルテット (タレイア・クァルテット) [コンサート]

若手演奏家を紹介する紀尾井ホール「明日への扉」シリーズ。新進気鋭の演奏家の登竜門というわけですが、登場する時点ですでにそこかしこで活躍し知名度も高い昇竜の勢いの若手ということが多い。ところが今回のタレイア・クァルテットは、久しぶりにちょっと異色の演奏家の登場となりました。

というのも、この若いクァルテット、2014年に芸大在学中に結成。途中でメンバーのひとりが変わったけれど、いまや10周年を迎えようとしている。「明日への扉」デビューのクァルテットには2017年登場のカルテット・アマービレがあるけど、実はアマービレが桐朋学園在学中に結成したのは2015年。いわば後輩に入幕で追い抜かれてしまった学生横綱といったところ。

10年選手なのに、見かけはとてもフレッシュというのが、よくも悪くもこの団体の個性なのだと思います。いってみればアイドルグループ永遠の二列目センター。この日も全員、真紅のドレスの勝負服。プログラムは四重奏曲鉄板の曲ばかり。

前半はベートーヴェンとメンデルスゾーン。とてもよいのだけれども、抜け出るものがない。華とか凄味とか、何かが足りないという感じ。ベートーヴェンは、独特の覇気とか晩年の孤高の領域が垣間見えるゾクッとするようなスリルに欠ける。メンデルスゾーンは、その予定調和の形式美・旋律美が、このクァルテットの性格そのもの。だからかえって自意識とか主張といったものが埋没してしまうような気がします。

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後半、得意の「死と乙女」でようやく火がついた。

久しぶりの2階バルコニー席は、ステージ前縁から数メートルのところで音響を俯瞰するには最上の位置。紀尾井ホールは800席の中ホールで、室内楽にはほぼ理想の音響です。それでいて少し音量的には不満が残ります。以前、彼女たちの演奏を聴いたのは、だいぶ小さなレクチャールームでかぶりつきだったので、彼女たちの丁々発止がよく聞こえました。このぐらいの大きさのホールになると彼女たちには少々荷が重いのかも知れません。

それでも何よりもヴァイオリンの山田香子さんにスイッチが入った。変奏曲楽章も大熱演。それに対抗するはずのチェロの石崎美雨さんがちょっと弱い。音はきれいで滑らかで歌心はあるのだけれど、切り込んでいく気迫が不足するのでどうしても全体に従属することで終わってしまう。音色が軽く薄くて、だから、アンサンブルの厚みを支え切れていない。第二ヴァイオリンの二村裕美さんも相方としては不足はなくそつがない。ヴィオラの渡部咲耶は、明らかにアンサンブルの要として要所要所を締めていて、その刻みはさすがのもの。曲のせいなのかここぞというヴィオラの音色が出てこないのでちょっと不満が残りました。これは、また、ブラームスとかドボルザークとかを聴いてみたいところでした。

気持ちとしては、この「明日への扉」を大きな節目として何か大きく変わっていってほしいというところが本音です。たぶん、今の売れっ子ぶりなら食うには困らないのだと思います。このまま、今の良さを活かしてその延長としての次の十年があってもおかしくない。でも、応援する気持ちとしては、《二列目センター》から脱してもっとずっと上に向けて変質してほしい。楽器も変える必要があるのかもしれません。お金も度胸も必要。

登竜門には年齢制限はないのだと思います。あるのは目の前の飛躍への舞台だけ。それがこの「明日への扉」シリーズの面白さなのです。


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紀尾井 明日への扉37
タレイア・クァルテット(弦楽四重奏)
2023年12月13日(水) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(2階BL 18列25番)

山田香子(ヴァイオリン)
二村裕美(ヴァイオリン)
渡部咲耶(ヴィオラ)
石崎美雨(チェロ)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番ヘ短調 op.95《セリオーソ》
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番変ホ長調 op.12

シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D 810《死と乙女》

(アンコール)
シベリウス:アンダンテ・フェスティーヴォ
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異相と複層と輻輳の音楽(読響・第633回定期) [コンサート]

天晴れというしかない。快演。

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リゲティの生誕100年を記念してのピアノ協奏曲をエマールが弾くというので、矢も楯もたまらず駆けつけたサントリーホール。

リゲティを取り上げた在京オケが都響と読響だけというのは、そもそも何ともはやというところだけど、こちらも都響のコパチンスカヤにも負けず劣らずというほどの快演でした。

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プログラム構成も実に見事。

リゲティとルトスワスキにヤナーチェクを挟み込むということが、とにかく絶妙。エマールもアンコールでのスピーチでそのことに言及していましたが、その層状のプログラムでまるでミルフィーユのような味わいの相乗効果があります。

そもそもリゲティの音楽がそういう位相の異なる音楽を層状に重ねるもの。リゲティやルトスワスキは多楽章ですが、ヤナーチェクは短めの単楽章の音楽ですが、この独特の素朴で言語的な音楽がサンドウィッチされることで、多層的な音楽がうまく分離隔離されて気持ちよく味わえる。

とはいっても、ヤナーチェクの〈ヴァイオリン弾きの子供〉も多層的な楽曲です。バラードと題するこの曲は、言ってみればヤナーチェクの〈魔王〉。赤ん坊をあの世へと誘うのは、ヴァイオリンに取り憑いた亡き父親の魂。ヴァイオリン役の日下紗矢子さんと、病気の赤ん坊役のオーボエ荒木奏美さんが精妙に美音を奏でていました。荒木さんは新入団でこれが御目見得とのこと。これに貧しい村人たちをヴィオラの分割で奏したり、チェロとコントラバスが村の顔役といった見分け、聞き分けで演奏されるので、さながら小さな管弦楽のための協奏曲。

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リゲティの協奏曲も、もちろん生演奏で聴くのは初めてですが、こうやって聴いてみると視覚も手伝ってか、複リズムや複旋法、繰り返しのパターンなどが立体的に透けて浮かびあがってきて、その輻輳するズレが独特の感触的な快感を聴く側にもたらしてくれます。前衛といいながらも、エリート臭さや難解さをまったく感じさせない。それどころか、むしろ俗っぽいと言ってよいほどのサービス精神が横溢するリゲティの世界が満艦飾のように眼前に拡がって実に楽しい。このオモシロ感覚は、Eテレの名番組「ピタゴラスイッチ」に通じるのかも知れません。

読響のメンバーの個々の快演にも大喝采。

第2楽章でピッコロの低域がきれいに発音できなかったのは残念でしたが、そんな細かいことはともかく木管陣の妙技は各所に発揮。一人ひとりの緊張は想像に余りあるのですが、どこかそれを楽しんでいるようなところが観ていて楽しい。八面六臂の大活躍だったのが、パーカッション陣。中心に陣取った西久保友広さんはシロフォンを前に両手にマレット、口にはホイッスルをくわえての大熱演。クロマチックハーモニカまで吹きこなすのはさながらチンドン屋。ムチやカスタネット、ポリスホイッスルなど鳴り物が大好きなリゲティの面目躍如で、曲が終わったときに、皆でハイタッチでもやりかねないパーカッション陣のドヤ顔は実に愉快でした。

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休憩をはさんでの後半は、ここでまたヤナーチェク。

序曲〈嫉妬〉というのは、当初、歌劇〈イェヌーファ〉の序曲として作曲されたそうです。個人的な憶測ですが、おそらく歌劇の作曲を進めていくうえで、台本の深奥から単なる男女の愛憎だけでなく、現代に通ずる社会差別やジェンダーなどの社会性までもが見えてきて、この序曲はふさわしくないと考えたのではないでしょうか。1曲目の〈ヴァイオリン弾きの子供〉を合わせると、ヤナーチェクの個人的な愛憎という私的なそれを取り巻く社会という音楽的な視点がよくわかるような気がします。

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この単純明快な単発が、ある種の口直しとなって、メインとなるルトスワフスキの〈管弦楽のための協奏曲〉の世界へと突入していきます。

この曲も、リゲティと同じようにポリフォニックでポリリズムの世界で、しかも、それは20世紀の前衛が開拓してきた素数的な変拍子の組み合わせや、民謡や古楽的な旋法を複数組み合わせ、原色的な音色を輻輳させていく音楽となっています。大オーケストラの、各個人の個人技の高さとアンサンブル技術がなければ成立し得ない高度にヴィルトゥオーゾ・オーケストラの世界。

その集大成が、最終楽章。コントラバスのピッチカートとハープの超低音で開始されるパッサカリア。繰り返しのパターンで基層を成す上にあらゆる楽器が層状に変奏を積み重ねていくのは、まさに壮大なオーケストラのミルフィーユ。一転して力強く躍動的なトッカータへと変じ、やがてコラールが始まる。新ウィーン楽派など二十世紀前衛のバッハ回帰をも思わせる展開ですが、そのエネルギーが集合高揚しての大団円は実に爽快なフィナーレでした。

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個人的にはカンブルランは初体験。

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指揮ぶりは実に組織だったものでそのリーダーシップは明快にして力強いものを感じます。楽員に迷いを生じさせない。特に最後のルトスワスキなどは、音色も明快で淀みがない――鮮度の高い色彩とシャープな触感を読響から見事に引き出していました。メジャーレーベルが取り上げないので知名度はあまり高くないようですが、こんなすごい指揮者がいたんだと改めて感服させられました。






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読売日本交響楽団
第633回定期演奏会
2023年12月5日 19:00
東京・赤坂 サントリーホール
(2階 LB2列 1番)

シルヴァン・カンブルラン(指揮)
ピエール=ロラン・エマール(ピアノン)
日下紗矢子(コンサートマスター)

ヤナーチェク:バラード〈ヴァイオリン弾きの子供〉
リゲティ:ピアノ協奏曲
(アンコール/ピアノ独奏)
 リゲティ:ムジカ・リチェルカータから第7曲、第8曲

ヤナーチェク:序曲〈嫉妬〉
ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲

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20年目の折り返し (田部京子ピアノ・リサイタル) [コンサート]

リサイタル・シリーズの20周年記念。6月に続く パートⅡ。

20年前の第1回、「シューベルト・チクルス」初回は、2003年11月19日――シューベルトの命日だったそうです。そのシューベルト・チクルス以来のオール・シューベルト・プログラム。しかも晩年の大傑作ソナタ2曲を続けて弾くというずっしりとした構えのプログラムです。

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使用したピアノは、前回と同じベーゼンドルファーModel275。

ベーゼンドルファーというと豊かな響きというイメージですが、田部さんは低音がとても明瞭で濁らない。この日の曲はいずれもfやffのユニゾンや和音で決然と始まりますが、その吹き上がるような強音がとても美しい。自由で自在な音色コントロールや、柔らかな暖かみと瞬間瞬間の上昇感と火華の仄めきは、まさに田部さんのもので同じなのですが、今回はもっと粒立ちを際立たせるような美しく切ないようなノンレガートのフレージングが際立ちました。

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そういう田部さんのタッチやフレージングは、折り目がきりっと正しく美しい折り紙を思わせます。音楽はもともと抽象的で象徴的なものですが、田部さんの音楽はとてもわかりやすい。それは抽象であっても表徴性が明解な折り紙の鶴のような美しさと明解なメッセージ性に通じるものがあるような気がしてなりません。

1曲目は、比較的短い小曲を置くのが常道。遅刻者の入場への田部さん配慮ですが、そこにプログラムの重要な起点となるような曲を選ぶのが、これまた田部さんの感性なのだと思います。即興曲は、4曲まとめられて弾かれるか、アンコールで取り上げられるかで、この第1番が1曲だけ取り上げられるのは珍しいと思います。ハ短調は、プログラム二曲目と同じで、ベートーヴェンの調性。シューベルトにしては短い主題が、どんどんと色調や響き、調性を変えて変奏されていく。主題は歌というよりもそのリズムが動機というのに近い。そこもとてもベートーヴェン的。そういうことが、スタッカートとスラーで括られるメッツォ・スタッカートのフレージングで徹底的に印象づけられました。

もとよりD958のハ短調のソナタは、ベートーヴェンへのオマージュだと語られてきた作品です。ハ短調の雄渾な主題とそのめくるめく展開の第1楽章、旋律的なアダージョ楽章、トリオの登場で場面が一変するようなメヌエット楽章、舞踏的な終楽章と、どれもがベートーヴェンへの畏敬の念に溢れています。それでいてシューベルトらしい不思議らしさもいっぱい。その不思議さを田部さんは見事なタッチとフレージングで印象づけてくれます。

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後半のD959のイ長調のソナタも、本当に見事。磨き上げたタッチの多彩なパレットを、的確かつ精確な配置と息づかいで駆使していくピアニズムは、田部さんの新境地だと強く感じさせます。第2楽章の哀切と寂寞の世界と、そこに突然のように噴出する激情も、劇的でありながら本当に艶やかで輝かしく純化された結晶のような美しさがあって絶品でした。

この半年だけでも徹底した探求を続けておられたのでしょう。新しい何かを掌中にしたと確かに感じさせる田部さん。来年の、このリサイタル・シリーズのテーマは、「―SHINKA― <進化X深化X新化>」だそうです。新たな展開に胸が躍ります。




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CDデビュー30周年×浜離宮リサイタル・シリーズ20周年記念 Part Ⅱ
田部京子ピアノ・リサイタル

2023年12月3日(日) 14:00
東京・築地 浜離宮朝日ホール
(1階10列12番)

田部京子(ピアノ)
 使用ピアノ:ベーゼンドルファーModel275

シューベルト :即興曲 op.90-1 ハ短調
シューベルト :ピアノソナタ第19番ハ短調 D958

シューベルト :ピアノソナタ第20番イ長調 D959

(アンコール)
シューベルト :即興曲 op.90-3 変ト長調
シューベルト :楽興の時 第3番 ヘ短調
シューベルト(田部京子/吉松隆編曲) :アヴェ・マリア
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